残照の強く降る

◇2◇

 ムスタディオとアグリアス。二人の長い静寂をやぶったのは思いがけない知らせであった。

 傭兵時代からラムザとともに戦ってきた仲間の一人であるシェパードが川向こうをチョコボに乗って駆けてきた。
「大変!ラムザが…!」
「ラムザがどうした!?」
パッと顔をあげるとアグリアスはもういつもの彼女に戻っている。少しだけほっとしながらムスタディオはチョコボに駆け寄った。
「戦ってるの!相手は…異端審問官だって、急に囲まれて…来て!二人がいないと…」
「場所は、場所はどこだ!ムスタディオ、私の剣を!」
 鬼神の烈しさでアグリアスが怒鳴る。
 次の瞬間にはチョコボに飛び乗って駆け出さんとしていた。慌てて放られた剣をしっかりと掴むと、アグリアスの駆るチョコボは矢のように走り出した。
「ラムザは、ルザリアの裏門前にいるはずよッ。先に行って、私もすぐに追い付くから!」
アグリアスほど乗馬の得意でないムスタディオも、それを聞いて一目散に駆け出した。荒々しい蹄の音がやがて遠のいていく。

 全力疾走の後の早駆けで流石に息が続かない。さらには役目を果たした安堵からか、膝が震えだしてしまう。咳き込みながら、シェパードは祈るような気持ちでその二つの騎影を見送った。 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「オーボンヌ?」
軽い驚きの混じった声をアグリアスがあげた。頷いてラムザは言葉を続ける。
「はい、妹の話ではそこに聖石があるらしいのですが」

 ルザリアから少し離れた山の中、先の戦乱期に焼け落ちたらしい集落の廃虚にラムザ達一行は潜伏していた。
 かろうじて屋根を残した、比較的被害の少なそうな廃屋を一夜の宿に定めて、軽い食事の準備を始めたところである。アグリアスを除く女性陣と護衛のナイト一人は沢に水を汲みに行ったり薪を集めたりと、屋外で作業に勤しんでいる。ルザリアでラムザと一年ぶりに再会したという、ベオルブ家の令嬢アルマもそれに加わって、和気あいあいと作業をしているようであった。ちなみにアグリアスは、剣の腕は一流だが炊事の腕は筆舌に尽くしがたいものがあったので、それらの仕事の手伝いを丁重に辞退させられていた。
 よって一行のリーダーであるラムザとアグリアス、それにムスタディオと陰陽士のハンフリーが、円居をして今後の方針を話し合っているのである。
「とにかく明朝早々にもここを離れた方がいいでしょう。幸いこちらに追っ手がかかっている様子はありませんが、絶対安全とは言い切れません」
ラムザらの提案にアグリアスが切り返す。
「だが、オーボンヌの危険は今の比ではないぞ。それに行ってどうすると?聖石は我々がおいそれと手にできるような代物ではあるまい」
 ラムザはいまや、邪教崇拝の容疑をかけられ「異端者」の烙印を押されて、グレバドス教会そのものから追われる身であった。修道院であるオーボンヌには近づくことさえ出来ないだろう。
「しかし、枢機卿の一件…もしあれが本当に聖石の力だとしたら、放ってはおけません。妹はあそこで育ったようなものですし、危険が近づいていると伝えるだけでも」
 そうしてラムザはオーボンヌに妹を連れていくことになった次第を説明し始めた。それをうけて、ハンフリーがオーボンヌへのルートについて地図を広げて検討をする。「異端者」と呼ばれて追われるようになった以上は、人里や大通りを避けて進まねばならなかった。

 そんな三人の姿をムスタディオはどこか上の空で眺めていた。

(聖石…聖石…聖石…何処に行っても聖石か)

 傍らの道具袋の中にある、機工都市ゴーグを出てきた時から肌身離さず持っている「聖石タウロス」。
 もしもあの時、ゴーグの地下でこれを見つてけさえいなければ。

 「邪教崇拝の異端者」…随分な汚名を着せられてしまったものだ。だが「枢機卿を殺害して聖石を強奪した罪」これは一面の事実として認めざるを得ない。
 枢機卿が実はルカヴィであり、聖石タウロスを持つラムザらを殺さんと襲いかかってきたという、悪夢のような出来事に目を瞑ればであるが。

 自分が見つけた聖石の所為で…自分が聖石を見つけた所為で。
 気がつけば自分とは何の関わりもなかったはずの青年が、罪人として追われるようになってしまった。
 だがラムザは誰も責めない。
 その強さが今は、有り難いよりも少々の重荷に感じるムスタディオである。

 ふと、意を決したようにラムザが顔を上げて口を開いた。
「それから…これは後で皆にも言おうと思っていることだけど、ここから先はもう、僕と一緒に来ない方がいい」
「ラムザさん?」
「知っての通り、僕は異端者で教会から追われる身らしい。僕と一緒にいたら、今までよりもずっと危険な目に遇うことになる…」
「なにを…」
「何言ってんだよッ!ラムザ!」
ハンフリーとムスタディオが口々に声をあげる。アグリアスだけは黙したまま、ラムザをじっと見つめていた。
「聞いて、ムスタディオ。ここまで一緒に戦ってきてくれたことはとても嬉しい。でも、オーボンヌに行くのは僕のわがままなんだ。そんなものに皆が危険を賭していい訳ないよ」
 淡々とした、だが固い決意の宿る言葉であった。
「馬鹿言うなよッ、お前が一人で背負い込むことじゃないだろッ?」
ムスタディオの声が高くなる。
 そもそも聖石を廻るごたごたに巻き込んだのは俺で、異端者にされちまったのもその所為じゃないか。その言葉は喉の奥に引っ掛かったまま出て来ない。
「…オーボンヌに行って、どうするのかはまだ分からない。どうすればいいのか、何ができるのか、何一つ分からない。そんな曖昧なものに、これ以上皆を引きずり回すことは出来ないし……したくないんだよ」
これまで感情を押し殺していたらしいラムザの声に、初めて苛立ちの色が浮かぶ。聞き分けのないムスタディオに、と言うよりは自分自身に対してのもののように見えた。
「それでも私は、ついて行きますよ。ラムザさん」
ハンフリーが静かに応じた。
「私達は貴方がベオルブの名を捨てた時からずっと、一緒に戦って来たんじゃありませんか。なのに今更、水臭いと思いませんか?」
おそらくそれは全員の総意である、と付け加えて。
「貴族の子弟から傭兵になったのとは訳が違う。僕はもうお尋ね者なんだよ?」
「違いませんよ。…ラムザさんはラムザさんですから」
そうしてにっこりと笑って続く言葉を封じる。幾つもの戦いを、共に乗り越えて来た仲間だからこその信頼であった。
「でも」
なおもラムザの意志は定まらない。その言葉が嬉しいからこそ、大事な人達だからこそ、失いたくないと思う。あの日、自分の力の無さゆえに失ってしまった多くの者達の面影が去来して、心を押しつぶしてしまいそうになるから…。

「気にすることは無い、ラムザ」
 意外なほどあっさりとした口調でアグリアスが言い放った。
 一同の視線が発言の主に集中する。その先で、アグリアスは身動き一つせず、背筋をぴんと伸ばして座っていた。
 戸惑うラムザの蒼弓の瞳に、青みがかった灰色の視線が注がれている。迷うことなく、まっすぐに…

「お前と共に行くことを選んだのは我々だ。お前が責任を感じる必要は無い」
少々不敵に微笑んだアグリアスの指先が、ラムザの胸の真ん中に軽く触れた。
「アグリアスさん…」
「堂々と胸を張って、お前はお前の道を行け。勝手について来る者のことなど放っておけばいい」
 可愛げのかけらも無いような言葉には、言葉以上の想いが詰まっているようだった。
 指先から胸にそれが伝わって来ているような錯覚を覚えて、痛いような嬉しさにラムザは破顔した。

 そうしなければきっと、泣いていたに違いなかった。

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なぜだろう、至極どうでもいいことなのだが「ラムザさん?」という台詞を
「サザエさん?」と読み違えてしまった。阿呆かいな(阿呆でしょう)。


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