残照の強く降る

◇3◇

 眠れないので星を見ることにした。

 先刻のラムザとアグリアスのやりとりが頭からいっこうに離れない。
 集落の廃虚からそう遠くない見通しの良い野原に腰を落ち着けて、ムスタディオはあてどなく星を数え始めたのだったが、すぐに飽きてしまった。
 やることがなくなると思考はいつまでも堂々巡りをするものである。今夜のムスタディオも例外ではなかった。
 満天の星々の冴え渡る夜空に向けて、ムスタディオは大きな溜息をついた。昼間からこのかた全くらしくない自分自身と、何だかよく分からない胸のわだかまりに対してのものである。
 アグリアスに対して「特別な感情」を抱くようになった時のことを回想して、また溜息をつく。
(考えてみれば、最初っからそうだったんじゃないか〜)
 記憶が遡る。蘇る。そう、あの時が最初だったのだ…

『今さら疑うものか!私はお前を信じる!』

 つっけんどんで愛想がなくて頭の固い恐ーい女騎士様。
 ずっと抱いて来た彼女の印象が、完璧に変化した瞬間だった。
 その鮮やかなまでの潔さに思わず心奪われたその日から、欠点はそのままいとおしさに塗り替えられて行く。
 つっけんどんで愛想がないのは、感情をうまく表現出来ない子供のような不器用さの表れだった。頭が固いのは、強く信じる正義があるから。恐ーいのは…恐いのは…もう慣れた…。
 そして、時折見せる優しい顔が格別に好きだった。滅多に見せない弱い姿も、何もかもが。

 思えば「あの言葉」は、アグリアスからラムザに向けて発せられたものだったのだ。ムスタディオが彼女から有り難くも頂戴したことがあるのは、叱責や怒声や黙殺の沈黙だけであるというのに。…そこまで考えて、ムスタディオはちょっと自分が情けなくなった。

(俺って一体何…?)
 アグリアスもラムザもわりと無口で、感情を内に溜め込むタイプのようだから、努めて明るく振る舞って通風口になってやろうとしただけなのに。
 そりゃ「地」じゃなかったといえば嘘になるけれども…。そうこうしている内に随分な遅れをとってしまっているらしかった。
 アグリアスは、自分が騎士だから、王宮には戻れないのだと言った。それを察して、ラムザは何も言わずアグリアスを残して行った。こんな時に、微妙に入り込めない溝を感じてしまう。
 滲み出る育ちの良さ、どこか気品のある話し方。
 どうしようもない事実が自分の前に横たわっている。
 どうせ俺は庶民ですよ、騎士なんかじゃないですよ、と思わず悪態をついてしまいたくなるというものだ。
 …それでもやっぱり、諦めきれないものというのは存在するらしい。
 ふいに浮かんだアグリアスの穏やかな微笑を、心の中から追い出すようにムスタディオは頭を振った。大きく息を吸って、ゆっくりと吐きだすと、自然に覚悟が座って来る。
(少なくとも、らしくないままでいたら、いっそう不利になるだけじゃないか。ありのままの自分で駄目なら、仕方ないと思える日も来る…なんてな。それこそ柄じゃないや)
 秋の便りを乗せた心地よい夜風に吹かれながら、幾千のきらめきにそっと誓ってみたりするのだった。

 星はさやかに眠れぬ夜を過ごす若者を見守っている。



 次の朝も快晴だった。
 晴れやかな新しい一日の始まりを喜びつつも、今日も暑いんだろうなあ…とうんざりした気分を完全に払拭することはできない一行である。
 中でも一人、聖騎士アグリアスの機嫌の悪さは相当のものだった。

「お前の寝相は悪いとかそういうレベルを通り越して、既に異常だッ!」
「人を夢遊病者のように言わんで下さい。ちょっと星を見てたら眠りこけただけじゃないですか」
「尚更悪い!この状況下で一人で星を見ていて眠りこけたなど、お前には緊張感というものは無いのか!」

 朝、目覚めてみたら隣に寝ているはずのムスタディオがいない。ラムザが慌てて全員を叩き起こして捜索した結果、近くの野原で健やかな寝息を立てている呑気な(本人は否定する)青年を発見するに至った、というちょっとした事件がその理由の大部分だった。

「まあ、せめて見張りに一声かけて欲しかったねえ。いくら少女趣味で恥ずかしかったとは言え…」
寝ずの番をしていたナイトのヴェルナーが憎まれ口を叩く。
「うるさいッ!」
返す言葉もろくに無く、ムスタディオは出立の準備に勤しんだ。まさかあのまま眠ってしまうとは、我ながらたいした神経だと思わずにはいられない。
 ふと、背後でいまだにクスクス笑っている声がするので振り向くと、ラムザの妹のアルマが立っていた。
「…会った早々、変なとこ見られちゃったな」
アルマは勢い良く首を振った。
「ううん、おかげで皆、気持ちに余裕が出たみたい。ちょっと感謝してるの」
「そいつはどうも」
「あら、ホントよ?いくらお尋ね者の集団だからって御葬式みたいに暗いのはどうかと思うわ」
どうやらこの深層の令嬢は、思ったことを口にするのに何一つはばからない屈託のない性格の持ち主らしかった。
 少々くせのある金髪と、澄んだ青い瞳に長い睫毛。容姿がラムザと似通っているために、その性質の差が余計に印象的なのである。
 見たところこの兄妹の仲は非常に良いようだ。しかし、ラムザの兄弟と言えば例の「傭兵を雇って実の弟を殺そうとしたダイスダーグ卿」の強烈なイメージがあるので、これは意外な感じがした。遠回しにそのことを伝えると、アルマは再び鈴のような声で笑った。
「そうね、何せ私は修道院育ちで、ベオルブの悪い空気に染まらずに済んだから。兄さん達みたいに悪事や悩みごととは無縁なのよ」
「アルマ!いい加減にしないか!」
遠くから見兼ねたラムザの叱責が飛んで来た。はーい、ごめんなさい、すぐやめます…明るい笑い声が遠ざかって行く。赤いスカートをひるがえして、子犬のように走る様が何とも愛らしい。
「素直な良い子だな」
ありきたりの感想をムスタディオが口にするとヴェルナーがしたり顔で同意した。
「それに可愛いし」
すかさずハンフリーが釘を刺す。
「恐いお義兄さんがいてもいいなら、アタックしてみたらどうです?」
「……」
ちょっと恐い想像になってしまった。何せ三人もいる。
「…触らぬ神になんとやら、だよな」
 アルマ=ベオルブの春はまだ遠い…かもしれない。

 オーボンヌへの道のりは、時折モンスターと遭遇したことを除いては、ひたすら平穏であった。
 人目の付く大通りを避けたとはいえ、全く追手らしき姿も無いところを見ると、オーボンヌへ向かっていることは気付かれていないらしい。 旅慣れていないアルマを気づかって、いつもよりもやや遅めの行軍であることもあってか、なんとなくのんびりとした旅になってしまった。

「いやあ、しかしなんだね、水を得た魚のようだね」
ヴェルナーがムスタディオにチョコボを寄せて、そっと耳打ちした。
「何が?」
「アグリアスさん、アルマちゃんの世話を焼くのが相当嬉しいみたいで」
「ああー」
言われてみればアグリアスは、チョコボの乗り降りやら何やら、こまごまとアルマの世話を焼いているようである。王宮で近衛騎士団の一員として働いていた時の悲しき習性とでもいうか、貴婦人を護るのは私の仕事、と決めてしまっているような節がある。
「お前らだって士官アカデミー出なんだろ?ああいうことやらないのか?」
「いやあ、俺達は卒業もそこそこに傭兵になっちゃったし」
「貴族といっても下層の方だしね」
 うそぶくヴェルナーに同調するように、二人の前を行くシェパードも会話に加わった。
「じゃあ、ラムザは?あいつなんか実際いいとこの坊ちゃんじゃないか」
ムスタディオが、最後尾で馬を進めるラムザを見やった。彼らの視線には気付いたふうもない。
 彼らのリーダーであるラムザは、正義感や剣の腕という点では比類無き立派な騎士だったが、こと「対貴婦人」の事態においては、気が利かない男という評価が仲間内では出来上がっている。
「あれは天然ね」
にべもなくシェパードは断定した。
「おいおい、リーダーだろ?」
「リーダーだろうがボスだろうがドンだろうが!天然は天然よ。大丈夫、リーダーとしては、ちゃんと尊敬してるから」
「そういう問題かよ…」
あきれ顔のムスタディオにヴェルナーが応える。
「確かに、彼は気が利かないし融通も利かないし、思い込んだら突っ走る傾向にあるけど…」
「でも、公正で正義感が強くて、何より仲間を大事にしてくれるのよ」
そう続けて、シェパードとヴェルナーは顔を見合わせて満足そうに微笑んだ。
 それって誰かに似てるなあ、とムスタディオは内心思う。

 それはやっぱり「騎士だから」なのだろうか。

 しかしムスタディオは、浮かんだ疑問を口に出す気にはならなかった。そうだと断定されるのはなんだか面白くないし、騎士ではないから分からないんだと言われるのはもっと辛いものがある。

「だから放っとけないのよねえ…」
セリフとは裏腹にシェパードの口調はやけに嬉しげである。その点はムスタディオ自身も全く同感だった。
(…本当にその通り。放っておけないんだ、2人とも)
 もしかしたら、あの2人以外のここにいる全員が同じ事を思っているのではあるまいか。そんなことを考えると、無性に笑いが込み上げて来る。
 ムスタディオは馬鹿みたいに声を上げて笑ってしまい、またもやアグリアスの怒声を買ってしまったのだった。

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続きは現在構想中(爆)。主役が変わるかも…


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