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侍女に案内されて通された女王の部屋は、相変わらず質素な彼女には不釣り合いなほどの広さであった。
公爵夫人がかつて使用していた部屋で、オヴェリアが移り住むにあたってさらに綺羅綺羅しく改装されたというが、記憶の中のルザリアの王宮と大差ないほどの豪奢な造りである。
あからさまにおのれの権勢を見せびらかすようなゴルターナ公の仕儀が、オーランにとってはまことに居心地悪く、呼ばれでもしなければ近付きたくはない場所であった。
むろん、オーラン以上に気の毒なのは、こんな落ち着かない部屋で日を過ごさねばならない修道院育ちの女王オヴェリアの方であったのだが。
「オーラン」
窓際に佇んでいたオヴェリアが、部屋に通されたオーランの姿を認めて歩み寄る。微かに布の擦れる音がした。
「急がせてごめんなさいね。気を悪くされないといいのだけど」
遠慮がちなオヴェリアに首を振って、その場に膝をつく。優美に微笑んで女王の白い繊手が差し出され、南天騎士団の軍師は主の手の甲に軽く口づけた。
そのまま手を取って立ち上がると、小柄なオヴェリアはオーランの胸までしか身長がない。逆に見下ろす立場になり、オーランは少々困惑した。そんな彼を不思議そうに見やってオヴェリアは椅子を勧める。
こうして、時折オヴェリアとオーランは同じ時間を共有することになっていた。
いわゆる女王学の一環とでもいうべきか。軍師として諜報活動も行なうオーランは、イヴァリースの地理や社会に明るい。彼の話を聞くことで自分の国について詳しい知識を得たい。そういって、大小様々な周囲の声を押し切って、今に至っている。
だが、実際のところそんなことはどうでもよく、ほんの好奇心と、オーランの誠実な人柄に信頼を置いているのだと言ったほうが正しいだろう。
「今日は何のお話をいたしましょう」
問われてオヴェリアは軽く頷いた。
「そうね、では前の続きでお願いしてもいいかしら」
心得て、博識の軍師は語り始める。たしか前回は、ゼルテニアの商工業について語ったはずだ。今日はガリオンヌについて話すとしよう。
話が始まると、オーランは実によく喋った。決して雄弁とはいえないが、自分の持つ知識を惜し気もなくオヴェリアに享受する。生徒の方も相槌をうち、時折質問をまじえながら熱心に聞き入っている。実際に、イヴァリース全土を自分の足で歩き、目で見てきたオーランの話は魅力があった。修道院の高い壁の内側しか知らない不幸な少女には、全てが新鮮であったのだ。
話が機工都市ゴーグまで及んだところで、ふと気が付くと東の空は既に暗い。
壁の向こうでは侍女たちが夕食の支度について頭を悩ましているはずである。遅れれば、彼女たちが叱責を食うことになるだろう。名残を惜しみながらも話を中断することにした。
オーランも机の上の膨大な雑務を思い出し、殺伐とした現実に引き戻される。近日中に義父に従いベスラ要塞に入ることになっているのだ。争いを疎むオヴェリアにはあえて語らずにいたが、かなり大規模な戦が近い。
戦を思い、再び重くなる気分を振り払って、なんとかオーランは主に笑顔を向けた。「今日はありがとう、オーラン。とても楽しかったわ」
「拙い話で恥ずかしい限りです」
オーランの言葉にオヴェリアは微かに表情を曇らせた。
「いいえ、恥ずかしいのはわたしの方です。自分の国のことなのにわたしは呆れるほどものを知らない」
そういって睫毛を伏せるイヴァリースの若き女王に、オーランの胸は痛んだ。
(望んで登られた玉座ではないというのに…)
出来る限り、言葉を選んで語りかける。
「この御歳まで修道院でお育ちになられたのですから…あまりお気になさらず、知らなければこれから学べばよろしいのです」
口に出して言えるのはこれくらいだった。それが今のオヴェリアには何の慰めにもならないことは承知の上で。
「ありがとう…でも」
優しい言葉が耳に痛かった。
気にするなといわれても、いやでも感じる重圧がある。オーランが慰めようとしているのはオヴェリアであって「オヴェリア」ではないのだ。
(この人は知らない。わたしが本当はこんな場所に座する資格など何一つ持たない、「王女オヴェリア」の替え玉でしかないことを。いや、王女であろうとなかろうと、わたしは国を統べる資格など何一つ持たない、おろかで無知な子供に過ぎない…)
見る間に表情を曇らせた女王の傍らで、オーランは呆然としていた。
もはやなんと声をかければいいのか分からなかった。なんだって女というのはこうも些細なことで機嫌を損ねるのだろう。山の天気や星の動きの方がよっぽど分かりやすい。
頭を抱えたくなる衝動と戦いながら、オーランは必死で言葉を探した。
「…誰もみな、初めは無力で無知な存在です。けれど、陛下はそんな自分を恥じる気持ちをお持ちです。どうかその思いをお忘れにならないで、学んでいってください。きっと、良き王におなりでしょう」
精一杯の言葉を並べるが、自分自身歯痒くて仕方ない。この少女が求めているのはそんな言葉ではないだろう。
だが、自分にいったい何が言えるというのか。自分もまた、少女にとっては《王家の血筋》を利用せんと群がるけだものの一人に過ぎないのだ。
それをオーランが望むにせよ、望まぬにせよ。
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