対象事件:高松高裁平15(ネ)第436号
事件名:損害賠償請求控訴事件
年月日等:平17.6.30第2部判決
裁判内容:原判決一部変更,一部控訴棄却・上告,
上告受理申立
弁論終結:平成16年12月20日
原 審:徳島地裁平10(ワ)第652号
平15.9.26判決

主 文



1原判決中,被控訴人徳島大学,同国立病院機構,.同乙原及び同丙山に対する控訴人の請求を棄却した部分を次のとおり変更する。

(1)被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山は,連帯して,控訴人に対し,金240万円及びこれに対する被控訴人徳島大学及び同国立
病院機構は平成11年1月19日から,被控訴人乙原及び同丙山は同月16日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山に対する控訴人のその余の請求を棄却する。

2 控訴人の被控訴人健診センターに対する控訴を棄却する。

3 訴訟費用は,控訴人と被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山との間では,第1,第2審を通じて,控訴人に生じた費用の5分の1を同被控訴人らの負担とし,その余を各自の負担とし,控訴人と被控訴人健診センターとの間では,当審において生じた費用を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人らは,連帯して,控訴人に対し,1100万円及びこれに対する被控訴人徳島大乳 同国立病院機構及び同健診センターは平成11年1月19日(訴状送達の日の翌日)から,被控訴人乙原及び同丙山は同月16日(同前)から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 仮執行宣言

第2 事案の概要等

1事案の概要

(1)次のア及びイの各事実は,当事者間に争いがないか,括弧内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。

ア 当事者

(ア)控訴人は,昭和17年*月*日生まれの女性であり,本件当時(平成7年10月から平成8年1月),徳島県立盲学校の教諭として勤務していたものである(甲76,弁論の全趣旨)。

(イ)1審被告国は,徳島市蔵本町2丁目**番地*において,徳島大学医学部附属病院(以下「徳島大学病院」という。)を,徳島県麻植郡鴨島町(現在の吉野川市)敷地****番地において,国立療養所徳島病院(以下「徳島病院」という。)を開設・経常していたものである。

平成16年4月1日,国立大学法人法(平成15年法律第112号)に基づき被控訴人徳島大学が成立するとともに,その成立の際,現に国が有する権利及び義務のうち,被控訴人徳島大学が行う業務に関するものは,成立の時において被控訴人徳島大学が承継し(同法附則9粂1項,同法施行令〔平成15年政令第478号〕附則4条),また,同日,独立行政法入国立病院機構法(平成14年法律第191号)に基づき被控訴入国立病院機構が成立するとともに,その成立の際,現に国が有する権利及び義務のうち,国立病院及び国立療養所の所掌事務に関するもの(国立ハンセン病療養所に係るもの等を除く。)は,成立の時において被控訴入国立病院機構が承継した(同法附則5粂1項,同法施行令〔平成15年政令第516号〕附則4条)。

(ウ)被控訴人健診センターは,疾病の予防,健康の保持及び増進を図るために必要な事業を行い,徳島県民の健康と福祉の向上に寄与することを目的とする財団法人であり,肩書地において,疾病の予防に関する健診及び診療等の事業を行っているものである(乙ロ12)。

(エ)被控訴人丙山(昭和17年生)は,平成元年から徳島大学医学部第2外科助教授,平成2年4月から同大学医療技術短期大学部教授の職にあった医師であり,同時に,平成8年3月頃まで,非常勤講師として徳島大学病院第2外科の外来診療を担当していたほか,非常勤として週1回,被控訴人健診センターにおいて検査及び診察を担当していたものである(乙ニ1,2,弁論の全趣旨)。

(オ)被控訴人乙原(昭和35年生)は,昭和60年3月,徳島大学医学部を卒業し,平成6年4月・から徳島病院外科に勤務していた医師であり,同時に,非常勤として,徳島大学病院第2外科の外来診療を担当していたほか,平成7年当時,過1回,午後2時間程度,被控訴人健診センターにおいて検査及び診察を担当していたものである。また,被控訴人乙原は,長年,被控訴人丙山の指導を受けてきたものである(乙ハ1,被控訴人乙原,弁論の全趣旨)。

イ 診療契約の締結

(ア)控訴人は,平成7年10月5日,徳島大学病院において,被控訴人丙山を通じて,1審被告国との間で,控訴人の乳癌について,1審被告国が適切な診察とこれに基づく適切な診断,及びその診断に基づく適切な治療とこれらに伴う適切な説明を行うことを内容とする診療契約を締結した(以下「本件第1診療契約」という。)。

(イ)控訴人は,同年12月29日,徳島病院において,被控訴人乙原を通じて,1審被告国との間で,控訴人の乳癌について,上記(ア)と同様の診療契約を締結した(以下「本件第2診療契約」という。)。

(ウ)控訴人は,同年10月6日.,被控訴人乙原を通じて,被控訴人健診センターとの間で,控訴人の乳癌について,被控訴人健診センターが適切な診察とこれに基づく適切な診断,及びその診断に基づく適切な説明を行うことを内容とする診療契約を締結した(以下「本件第3診療契約」という。)。

(2)本件は,被控訴人乙原及び同丙山(以下,両名を指すときは「被控訴人医師ら」という。)により乳癌であるとの診断を受け,乳房切除術を受けた控訴人が,控訴人の乳癌は経過観察や乳房温存療法等,乳房を残すことのできる治療方法に適しており,控訴人も可能な限り乳房を残すことを希望していたにもかかわらず,被控訴人医師らは,乳房温存療法等の治療方法について十分な説明を行わず,控訴人が自らの意思で治療方法を決定する機会を奪ったなどと主張して,被控訴人らに対し,次の各請求権に基づき,慰謝料1000万円と弁護士費用100万円の合計1100万円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

ア 被控訴人徳島大学及び同国立病院機構

控訴人と1審被告国との間で締結された本件第1診療契約及び本件第2診療契約上の各債務不履行に基づく損害賠償請求権(当審係属中に,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構が,前記法令の定めにより上記損害賠償請求権に係る1審被告国の債務を承継した。)

イ 被控訴人健診センター

控訴人と被控訴人健診センターとの間で締結された本件第3診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権

ウ 被控訴人医師ら

民法709条及び719条(共同不法行為)に基づく損害賠償請求権

2 訴訟の経過

原審は,被控訴人乙原は,切除生検及び乳房切除術に当たり,,控訴人に対して説明すべき事項については十分説明義務を尽くしたというべきであり,被控訴人らの診療契約上の債務不履行責任及び不法行為責任はいずれも成立しないとして,控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却した。

これに対し,控訴人が原判決を不服として控訴を申し立てた。

なお,上記1(1)ア(イ)のとおり,当審係属中の平成16年4月1日,法令の規定に基づき被控訴人徳島大学及び同国立病院機構がそれぞれ成立し,1審被告国の有する権利義務のうち,徳島大学の業務に関するものを被控訴人徳島大学が,国立病院及び国立療養所の所掌事務に関するものを同国立病院機構がそれぞれ承継したため,同被控訴人らが1審被告国の地位を承継した。

3 前提事実(診療経過の概要)

原判決「事実及び理由」第2の1(2)のアないしオ記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,引用部分中,「国立療養所」とあるのをいずれも「徳島病院」に読み替えるものとし〔以下において原判決を引用するときも,同様とする。〕,原判決4頁8行目の「被告乙原により」を「被控訴人乙原による」に,16行目から17行目の「被告乙原及び被告丙山により」を「執刀医を被控訴人乙原、助手を同丙山として」に各改める。)。

4 争点

本件の主たる争点は,被控訴人医師らが本件生検及び本件手術を行うに当たり,控訴人に対しいかなる説明義務を負っていたか,また,被控訴人医師らはかかる説明義務を尽くしたといえるか,である。

5 争点についての当事者双方の主張

次のとおり補正し,後記6及び7のとおり当審における当事者双方の補充主張及び追加主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の2の(原告の主張)及び(被告らの主張)(原判決4頁24行目から11頁21行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決6頁12行目から13行目及び17行目の各「被告」をいずれも「被控訴人ら」に改める。

(2)同7頁末行から8頁1行目の「乳房即時再建術について全く説明しないまま」を「『自分たちの病院では即時再建を行っていない。』『自分たちは聖マリアンナ大学のサカイ先生に頼んで乳房再建を行ってもらっているが,2年は待たないと順番は回ってこない。』などと虚偽の事実を申し向けて,乳房即時再建術の長所及び短所,その具体的な手術方法等について全く説明することなく」に改める。

(3)同8頁19行目から23行目までを次のとおり改める。

「よって,控訴人は,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構に対しては本件第1診療契約及び本件第2診療契約上の債務不履行に基づき,被控訴人健診センターに対しては本件第3診療契約上の債務不履行に基づき,被控訴人医師らに対しては共同不法行為に基づき,損害賠償として慰謝料1000万円と弁護士費用100万円の合計1100万円及びこれに対する被控訴人徳島大学,同国立病院機構及び同健診センターは平成11年1月19日(訴状送達の日の翌日)から,被控訴人医師らは同月16日(同前)から,各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。」

(4)同11頁2行目の「外科医」を「医師」に改める。

6 当審における当事者双方の補充主張

(1)控訴人の主張

ア 最高裁平成13年11月27日第3小法廷判決・民集55巻6号1154頁(以下最高裁平成13年判決」という。)及び東京地裁平成15年3月14日判決・判例タイムズ1141号207頁でも認められているとおり,医師の患者に対する説明義務における説明は,患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき,その利害得失を理解した上で,当該療法(術式)を受けるか否かについて熟慮し,決断することを助けるために行われるものである0したがって,医師の説明は,慮者が熟慮の上判断することができるような方法で行わなければならない。

いうまでもなく仁患者が一定の療法(術式)を受けるということは,その身体に対して直接的な有形力の行使を受けることを意味する。その結果,患者は,自らの身体に対する極めて大きな変化,影響を余儀なくされる。さらに,乳癌治療においては,その治療対象が乳房という体幹表面にあって女性を象徴するものであるところ,これに対する治療は,以後の患者の人生を大きく左右する結果をもたらす。医療行為,特に乳癌治療がこのような性質のものであることに鑑みれば,患者の自己決定権を保障する観点からいっても,患者の熟慮選択機会は極めて重要である。そして,医療行為が高度に専門的な事項であることに鑑みれば,患者が熟慮し,判断するためには,正確かつ十分な内容の説明がなされる必要があるのはもちろんのこと,これを理解し,検討し,更に自ら文献を調査したり他の専門家の意見を聴いたりして研究するための一定の時間的余裕が確保されなければならない。そうでなければ,高度に専門的である医療行為につき,特に医療に関して素人である患者が実質的な熟乱判断をすることはできないからである。そうだとすると,医師は,現実に患者が治療法の選択に直面する以前であっても,患者が時間的余裕を持って熟慮することができるよう,できるだけ早い時期にできるだけ多くの診療情報を患者に提供すべき義務があるというべきである。

このように,熟慮選択機会の確保義務は極めて重要なものであり,これを実質的に保障するためには,説明内容が十分であることはもちろん,患者が熟慮,判断できるような説明の仕方をする必要があり,かつ,できる限り時間的余裕を確保しなければならないのである。

ところが,本件において,被控訴人医師らが控訴人に対してした説明は,内容自体が不十分であり,説明の仕方も控訴人において熟慮,判断できるようなものではなかった。加えて,被控訴人医師らは,控訴人が熟慮,判断する時間的余裕を容易に確保することができたにもかかわらず,これを確保しなかったのであり,被控訴人医師らの説明義務違反は明らかである。すなわち,被控訴人乙原は,控訴人に本件生検の結果を告げた平成7年12月29日,乳房温存療法についての実質的な説明をせず,他の医療機関で診断を受けることの無意味性をことさら強調し,「血流に飛んだ。」「1ヵ月は問題ないが,半年は分からない。」「1月9日も16日もすでに予約があるが,2人目なら入れることができる。」などと言って時間的余裕がないことを印象づけたのである。特に,控訴人は,被控訴人医師らに対し,早い時期から診療情報の提供を求めていたにもかかわらず,被控訴人医師らはこれに応じなかったものであり,被控訴人医師らの説明義務違反は,一層顕著である。

イ 被控訴人医師らは,乳房温存療法については最初から適応外とし,その療法の内容,術式の違いやその利害得失,とりわけその予後等についての説明など,詳しい積極的な説明を行わず,乳頭温存療法については,そうした療法があるこ上すら説明しなかった。

原判決は,特段の事情のない限り,他に選択可能な治療法があれば,その内容と利害得失,予後等について説明すべき義務があり,確立した療法が複数存在する場合には,適応可能性がある限り,複数の療法についてその内容や利害の得失について説明義務があるとした上で,乳房温存療法について,乳癌に対する治療法として既に確立した療法であると認定しながら,本件に対する当てはめにおいて,適応可能性の低い乳房温存療法について積極的な説明をすべき義務はないとの判断をした。

しかしながら,そもそも適応可能性が低いということは,乳房温存療法についての利害得失やその予後等についての説明をしなくてもよいことにはならないはずである。患者としては,適応可能性が低いことによる影響についての説明を受けた上で療法の選択をすればよいのであって,原判決が説明義務の一般的規範として説示するとおり,適応可能性のある限り,医師としては,乳房温存療法について,乳房温存術の内容,乳房切除術と乳房温存術との術式の違い,控訴人の場合における利害得失や予後等にっいての説明をすべきである。患者としては,こうした説明があってこそ,適応可能性が低いことも併せ考慮して,療法の選択という自己決定権を行使し得ることになるのである。適応外でも乳房温存術を施行した場合の危険度を患者が理解し,その上で希望があれば乳房温存療法が施行される,という医師もいるぐらいである(甲14)。

したがって,適応可能性が低いということは,乳房温存療法についての積極的説明義務を排除する理由とはなり得ないものであり,被控訴人医師らは,上記説明義務違反により控訴人の療法選択の機会を奪ったというべきである。

ウ 被控訴人医師らは,乳癌治療の専門家であり,学会でも重安な地位を占め,乳癌治療に関する多数の文献を著していた。したがって,被控訴人医師らは,乳房温存療法の当否判断において前提とした症状(その前提は誤っていたのであるが。)であっても,乳房温存療法を実施している医療機関が他に多数存在することを熟知していたのであるから,被控訴人医師らが,原判決認定の控訴人の病状を前提として,′それ故に自らは乳房温存療法及び乳頭温存療法をしないと判断していたとしても,乳房温存療法及び乳頭温存療法を実施している他の医療機関を教示すべき義務があったというべきであり,被控訴人医師らは,この点に率いても,説明義務を果たしたとは到底いえない。

(2)被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山の主張

控訴人の上記(1)のアないしりの主張はいずれも争う。

ァ 被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山(以下「被控訴人徳島大学ら4名」という。)も,最高裁平成13年判決が判示するとおり,当該患者に対して実施しようとしている術式と異なる他の術式について,当該患者に対してこれを説明し,いずれの術式を選択するかについて熟慮し,判断する機会を与えるべき義務か生ずる場合があり得ること(なお,最高裁平成13年判決は,控訴人主張の「時間的余裕」については直接言及していない。)を否定するものではない。しかしながら被控訴人医師らは,控訴人の乳癌がザンクト・ガレンの合意形成会議で示された基準等に照らして乳房温存療法の適応がないものであったことを前提として,当該症例において必要とされる説明義務を尽くしたのであり,控訴人の受診経過に鑑みると,本件においては,説明の内容,仕方の観点からも,控訴人が問題とする時間的余裕の確保の観点からも,乳房切除術(本件手術)を受けるかどうか等を熟慮し判断する機会は十分与えられていたというべきである。

すなわち,被控訴人乙原は,控訴人に対し,医師である控訴人の夫の同席のもと,検査の結果とともに乳房温存療法を含めた各治療方法について十分な説明を行い,セカンドオピニオンの方法も提示した上,控訴人の夫とも十分相談して治療方法を選択するよう伝えたところ,控訴人自らセカンドオピニオンは聴取しないとした上、乳房切除術(本件手術)に同意したのであり,被控訴人乙原が,他の医療機関で診断を受けることの無意味性をことさら強調したり,時間的余裕がないことを印象づける発言をし,熟慮選択の機会を奪ったとの控訴人の主張は何ら根拠がない。

イ 最高裁平成13年判決は,「未確立の療法(術式)であっても,医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。少なくとも,当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており,相当数の実施例があり,これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては,患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり,かつ,患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては,たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており,自らはそれを実施する意思を有していないときであっても,なお,患者に対して,医師の知っている範囲で,当該療法(術式)の内容,適応可能性やそれを受けた場合の利害得失,当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。」と判示しているところ,控訴人の非浸潤性乳管痛に対して実施した乳房切除術は,既に我が国の医療水準として確立された療法であったが,乳房温存術ないし乳頭温存術は,当時の世界的な医療水準からも我が国の医療水準からも控訴人に対して選択可能な治療方法ではなかったものである。また,控訴人ば,本件の診療中を通じて,被控訴人医師らに対し,乳房温存療法の適応の有無,実施可能性について質問したことはなかったため,被控訴人医師らも,本件手術後まで控訴人が乳房温存療法について強い関心を持っていることを知らなかった。したがって,最高裁平成13年判決に照らしても,本件において,被控訴人医師らに乳房温存術ないし乳頭温存術について積極的に説明する義務はなかったということができる。

なお,原判決は,被控訴人医師らの診断は適切であり,控訴人の乳癌は乳房温存療法の適応である可能性が低かったものと認められる旨判示するが,被控訴人医師らは,控訴人の乳癌については乳房温存療法の適応はないと診断したものであって,同療法の適応可能性が低かったと診断したものではないし,客観的にも控訴人について同療法の適応はなかったのであるから,この限りにおいて原判決の上記判示は相当ではないというべきである。

ウ 上記イのとおり,控訴人には乳房温存療法の適応がなかったのであるから,その実施機関を教示しなかったとしても,そのことをもって説明義務違反を構成するものではない。むしろ,被控訴人乙原は,控訴人に対し,セカンドオピニオンの方法を紹介しており,また,控訴人が乳房温存療法について強い関心を持っていることを知らなかった。

(3)被控訴人健診センターの主張

切除生検は,乳癌の確定診断を得るために必要な検査であり,治療効果も期待でき,乳房温存療法の適応を正確に検討するためにも有益である。マンモグラフィ検査の結果を踏まえ,切除生検の必要性を勧めた被控訴人乙原の判断は正当であり,その結果乳癌の確定診断が行われ,早期治療が可能となったのである。

また,被控訴人乙原が,切除生検を勧めつつも、3か月の厳重な経過観察の方法がある旨説明したことは,被控訴人健診センターのカルテにも記載されており,控訴人に電話連絡した理由は,2週間経過しても診療方針の選択について回答がなかったからであって,その後,徳島大学病院においても,切除生検の自的,方法等についても説明がなされており,被控訴人乙原に説明義務違反はない。

なお,被控訴人健診センターは,疾病の予防,健康の保持増進を図るために設立された財団法人であるところ,本件において関わりを持ったのは,平成7年10月6日,同月16日及び同年11月6日の3日間であり,その際の診察,検査,説明内容からして被控訴人健診センターが損害賠償責任を負わないことは明らかである。

7 当審における当事者双方の追加主張

(1)控訴人の主張

ア 主位的主張

(ア)前記のとおり,控訴人は,1審被告国との間で,平成7年10月5日,徳島大学痛院において被控訴人丙山を通じて本件第1診療契約を締結し,同年12月29日,徳島病院において被控訴人乙原を通じて本件第2診療契約を締結し,被控訴人医師らの診療行為を受けたが,同人らの説明義務違反の債務不履行により精神的苦痛を受けた。したがって,1審被告国は,控訴人に対し,本件第1診療契約及び本件第2診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償義務を負った。

(イ)被控訴人徳島大学及び同国立病院機構が成立した平成16年4月1日当時,1審被告国が控訴人に対して負担していた上記損害賠償義務は既に不可分一体のものであり,国立大学法人法附則9条1項にいう「国立大学法人等が行う(中略)業務に関するもの」であると岡持に,独立行政法入国立病院機構法附則5条1項にいう「国立病院及び国立療養所の所掌事務に関するもの」であった。

このように,国立大学法人及び被控訴入国立病院機構が成立した時点で既に発生していた義務であり,かつその義務の内容が不可分一体となっていたような場合には,国立大学法人及び被控訴入国立病院機構が成立したことによって,従前の義務内容を限定する法的根拠はないのであって,国立大学法人及び被控訴人国立病院機構はその一体化している義務をそのまま承継すると解すべきである。

(ウ)したがって,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構は,1審被告国の負っていた上記損害賠償義務をいずれも包括的に承継し,同被控訴人らの損害賠償義務は不真正連帯の関係に立つというべきである。

イ 予備的主張

(ア)仮に,国立大学法人及び被控訴入国立病院機構が成立したことにより,従前発生していた1審被告国の損害賠償義務の内容が,その発生原因に応じて限定的に個別の国立大学法人及び被控訴入国立病院機構に帰属すると解したとしても,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構の負う義務の内容が実質的に変わるものではない。

(イ)まず,被控訴人徳島大学は,平成7年10月5臥 当時徳島大学病院第2外科に非常勤講師として外来診療を担当していた被控訴人丙山を通じて,控訴人との間で本件第1診療契約を締結した。したがって,その後,被控訴人丙山が控訴人に対して行った診療行為は,被控訴人徳島大学の業務に関するものである。

また,被控訴人乙原も,当時,徳島大学病院第2外科に非常勤として外来診療を担当していた者であり,少なくとも同年12月14日に徳島大学病院第2外科で行われた本件生検及びこれに関する診療行為一切は,被控訴人徳島大学の業務に関するものである。

さらに,平成8年1月23日,徳島病院において,控訴入に対し,被控訴人医師らによる本件手術が行われたところ,被控訴人丙山は,徳島病院に勤務する医師ではなく,従前から徳島大学病院の医師として診療行為を行ってきたことなどの事情に鑑みれば,被控訴人丙山は,徳島大学病院の医師として本件手術に関わったというほかはない。

すなわち,被控訴人徳島大学(徳島大学病院)は,当初から控訴人との間で本件第1診療契約を締結し,それに基づいて非常勤の医師である被控訴人医師らが診療を行い,更に被控訴人丙山が被控訴人徳島大学の医師の立場で本件手術を行った。そして,最終的に本件手術が行われたことにより,控訴人の損害が確定的に発生したのである。

したがって,控訴人の被った損害は,すべて被控訴人徳島大学の業務に関するものであるから,被控訴人徳島大学は,1審被告国が負っていた損害賠償義務をすべて承継したことが明らかである。

(ウ)次に,被控訴入国立病院機構は,平成7年12月29日,当時徳島病院に勤務していた被控訴人乙原を通じて,控訴人との問で本件第2診療契約を締結した。その際,被控訴人乙原は,従前のマンモグラフィや細胞診,本件生検の結果を踏まえた診断を行い,その説明をした。

さらに,上記診断及び説明を前提に,平成8年1月23日,徳島病院において,控訴人に対し被控訴人医師らが本件手術を行ったところ,被控訴人乙原の当時の立場や本件手術を行った場所等に鑑みれば,被控訴人乙原は,徳島病院の医師として本件手術に関わったというほかはない。

すなわち,被控訴入国立病院機構は,従前の診療行為のすべてを前提とし,平成7年12月29日,控訴人との間で本件第2診療契約を締結し,従前の診療行為に基づく診断や説明を前提に,徳島病院において,被控訴入国立病院機構の医師の立場である被控訴人乙原が本件手術を行った。そして,最終的に本件手術が行われたことにより,控訴人の損害が確定的に発生したのである。

したがって,控訴人が最終的に被った損害は,すべて被控訴入国立病院横構の所掌事務に関するものであるから,被控訴入国立病院機構は,1審被告国が負っていた損害賠償義務をすべて承継したことが明らかである。

(エ) そして,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構の承継した債務は不真正連帯の関係に立つものである。

(2)被控訴人徳島大学及び同国立嫡院機構の主張

ア 控訴人の上記(1)アの主位的主張は争う。

(ア)国立大学法人法附則9条1項は,「国立大学法人等の成立の際現に国が有する権利及び義務(略)のうち,各国立大学法人等が行う第22条第1項又は第29条第1項に規定する業務に関するものは,政令で定めるところにより,政令で定めるものを除き,当該国立大学法人等が承継する。」と規定しているところ,国立大学法人法22条1項は,各国立大学法人が行う業務につき,「国立大学を設置し,これを道営すること」(1号)と規定している。

これによれば,「各国立大学法人が行う業務」には,当該国立大学法人が設置・運営する国立大学に附属する病院において(当該病院の医師としての資格を有する者によって)行われた診療行為は含まれるものの,当該国立大学法人が設置・運営しない病院において行われた診療行為は含まれないものと解される。

したがって,当該国立大学法人が成立する以前において,国との間で締結された診療契約に基づき,当時国が設置・道営していた病院のうち,国立大学法人の成立に伴い,当該国立大学法人が設置・運営の主体となるべき病院において行われた診療行為に関する権利義務は,当該国立大学法人が行う業務に関する権利義務に含まれ,当該国立大学法人が承継することになると解されるが,たとえ,国.との間で締結された診療契約に基づき,当時国が設置・運営していた病院において行われた診療行為であっても,国立大学法人法の成立後に当該国立大学法人が設置・道営の主体とならない病院において行われた診療行為に関する権利義務を,当該国立大学法人が承継することはないというべきである。

本件についていえば,控訴人は,平成7年10月5日,当時1審被告国が設置・道営していた徳島大学病院の非常勤医師である被控訴人丙山を通じて,1審被告国との閏で本件第1診療契約を締結し,これにより1審被告国は,本件第1診療契約に基づく権利義務を有していたところ,被控訴人徳島大学の成立に伴い,被控訴人徳島大学が,徳島大学病院の設置・運営主体とな’り,徳島大学病院において(徳島大学病院の医師としての資格を有する者によって)控訴人に対して行われた診療行為に関する権利義務を承継したのであり,徳島病院において控訴人に対して行われた診療行為に関する権利義務は何ら承継していないというべきである。

(イ)独立行政法入国立病院機構法附則5条1項は,「機構の成立の際現に国が有する権利及び義務(略)のうち,附則第16条の規定による改正前の厚生労働省設置法(平成11年法律第97号。以下『旧厚生労働省設置法』という。)第16条第1項に規定する国立病院及び国立療養所(以下「旧国立病院等」という。)の所掌事務に関するものは,政令で定めるところにより,附則第11条第3項及び第4項に規定するもの,附則第16粂の規定による改正後の厚生労働省設置法第16条第1項に規定する国立ハンセン病療養所(以下単に『国立ハンセン病療養所』という。)七係るものその他政令で定めるものを除き,機構が承継する。」と規定しているところ,旧厚生労働省設置法16条1項は,「本省に,次の表の上欄に掲げるく施設等機関を置き,その所掌事務は,それぞれ同表の下欄に記載するとおりとする。」と規定し,同表の上欄においては,「国立療養所」,同下欄においては,「特殊の療養を要する者に対して,医療を行い,併せて医療の向上に寄与すること。」と規定している。

これによれば,「旧国立病院等の所掌事務」には,旧国立病院等において(当該旧国立病院等の医師としての資格を有する者によって)行われた診療行為は含まれるものの,それ以外の病院において行われた診療行為は含まれないものと解される。したがって,被控訴人国立病院機構が成立する以前において,国との間で締結された診療契約に基づき,当時国が設置・運営していた病院のうち,旧国立病院等に、おいて行われた診療行為に関する権利義務は,旧国立病院等の所掌事務に関する権利義務に含まれ,被控訴人国立病院機構が承継することになると解されるが,たとえ,国との問で締結された診療契約に基づき,当時国が設置・運営していた病院において行われた診療行為であっても,旧国立病院等以外の病院において行われた診療行為に関する権利義務は,被控訴入国立病院機構が承継することはないというべきである。

本件についていえば,控訴人は,平成7年12月29日,当時1審被告国が設置・運営していた徳島病院の医師である被控訴人乙原を通じ,1審被告国との間で本件第2診療契約を締結し,これにより1審被告国は,本件第2診療契約に基づく権利義務を有していたところ,被控訴人国立病院機構の成立に伴い,被控訴入国立病院機構が,徳島病院において(徳島病院の医師としての資格を有する者によって)控訴人に対して行われた診療行為に関する権利義務を承継したのであり,徳島大学病院において行われた診療行為に関する権利義務は何ら承継していないというべきである。

(ウ)控訴人は,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構が成立した当時,1審被告国が控訴人に対して負担していた義務は,「不可分一体」の損害賠償義務であったとして,被控訴人徳島大学及び同国立嫡院機構が,その一体化している義務をそのまま包括的に承継し,それらは不真正連帯の関係に立つ旨主張する。

控訴人のいう「不可分一体」の意味は必ずしも明らかではないが,上記(ア)及び(イ)記載のとおり,国立大学法人法及び独立行政法入国立病院機構法の規定からすれば,被控訴人徳島大学は,徳島大学病院における(徳島大学病院の医師としての資格を有する者による)診療行為に関する権利義務のみを承継し,被控訴人国立病院機構は,徳島病院における(徳島病院の医師としての資格を有する者による)診療行為に関する権利義務のみを承継すると解すべきであり,それぞれの権利義務は,’原因となる診療行為を異にし,別個独立に存在するものであるから,不実正連帯の関係に立つこともないのであって,控訴人の上記主張は何ら根拠を有しないものといわざるを得ない。

イ 控訴人の上記(1)イの予備的主張は争う。

(ア)控訴人は,平成8年1月23日,徳島病院において,被控訴人医師らが控訴人に対して本件手術を行ったことについて,被控訴人丙山は徳島病院に勤務する医師ではなく,従前から徳島大学病院の医師として診療行為を行ってきたことなどの事情に鑑みれば,被控訴人丙山は,徳島大学病院の医師として同手術に関わったというほかはないとして,徳島病院における診療行為に関する権利義務についでも,被控訴人徳島大学が承継する旨主張する。

しかしながら,当該診療行為が,国立大学法人の行う業務であるのか,旧国立病院の所掌事務であるのかを判断するに当たっては,当該診療行為がどこで行われたかという点が重要であり,当該診療行為の行われた病院を管理・道営しない者の診療行為であると認められるのは,診療場所を借りたに過ぎないことが明らかであるような場合(診療行為を行った医師が当該病院の医師としての資格を有しない場合等はこれに該当するというべきである。)に限られると解すべきであり,上記同日,被控訴人丙山は,徳島病院からの診療支援を目的とした招へい(乙イ33)に基づき,徳島病愉の医師として医療行為を行ったものであるから,徳島病院において被控訴人丙山が行った診療行為は,徳島病院の所掌事務というべきである。

したがって,本件において,被控訴人徳島大学が徳島病院における診療行為に関する権利義務を承継しないことは明らかである。

(イ)また,控訴人は,被控訴入国立病院機構は,従前の診療行為のすべてを前提として,平成7年12月29日に控訴人との間で本件第2診療契約を締結し,従前の診療行為に基づく診断や説明を前提に,徳島病院において,被控訴人国立病院機構の医師の立場である被控訴人乙原が本件手術を行い,これにより控訴人の損害が確定的に発生したなどとして,被控訴入国立病院機構が,控訴人が徳島病院を受診する以前のものも含めた徳島大学病院における診療行為に関する権利義務をも承継する旨主張する。

しかしながら,上記ア記載のとおり,被控訴人国立病院機構が徳島大学病院で行われた診療行為に関する権利義務を承継するこ事はあり得ず,控訴人の上記主張は何ら法的根拠を有しないというべきである。

第3 当裁判所の判断

1 結論

当裁判所は,控訴人の請求のうち,被控訴人徳島大学ら4名,すなわち被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山に対する請求は,240万円及びこれに対する被控訴人徳島大学及び同国立病院機構は平成11年1月19日(訴状送達の日の翌日)から,被控訴人医師らは同月16日(同前)から,各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,被控訴人健診センターに対する請求は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2 本件の診療経過

前記第2の3の前提事実(治療経過の概要)に加え,証拠(甲18,65,76,乙イ1ないし3,11,13ないし15,33,乙ロ1ないし8,9の1〜5,乙ハ1,乙ニ1,2,控訴人本人及び被控訴人乙原本人。ただし,後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(なお,以下の各項の事実認定に供した証拠のうち,主なものについては,各項末尾に再掲する。)。

(1)控訴人は,左乳房に異状を感じて,平成7年9月14日,徳島県立中央病院外科を受診し,マンモグラフィ等の検査を受けたところ,左乳房の異状はのう胞にすぎなかったものの,右乳房には,乳癌を疑わせる石灰化陰影が認められたとして,同病院担当医師から,3か月以内に入院して切除生検を受けるよう勧められた。(甲18,乙イ1)

(2)その後,控訴人は,その妻が乳癌に罹患したことのある同僚から,被控訴人丙山の著書である「丙山次郎教授の乳がん 早期発見と最新治療」(乙ニ2)を借り受け,これを読んだところ,被控訴人丙山が日本乳癌学会の理事を務めており,乳房温存療法に積極的に取り組んでいること,セカンドオピニオンを推奨していることなどを知り,被控訴人丙山の診察を受けることを決めた。(甲18,乙ニ2)

(3)控訴人は,同年10月5日,徳島大学病院第2外科イこおいて,外来診療に当たっている被控訴人丙山の診察を受け,そめ際,被控訴人丙山の前記(2)の著書を読んで診察を受けに来た旨を告げた。診察に先立ち控訴人が受けていたマンモグラフィ検査では,右乳房に腫瘤(のう胞)陰影のほか,集簇した微細石灰化陰影が2か所に認められた。被控訴人丙山は,控訴人に対し,微細石灰化陰影は乳癌を疑わせる所見であるとして,更に被控訴人健診センターで細胞診等の(精密)検査を受けるよう勧めた。控訴人は,被控訴人丙山に対し,「もし癌であればどのような手術になるのですか。」と尋ねたところ,被控訴人丙山は,「癌と決まってから手術方法を検討すればよい。」と返答した。そして,被控訴人丙山は,被控訴人健診センターの被控訴人乙原宛の紹介状(乙ロ2)を控訴人に手渡した。(甲18,乙イ1,乙ロ2)

(4)控訴人は,同月6日,被控訴人健診センターにおいて,被控訴人乙原により,マンモグラフィ検査,超音披検査及び細胞診(穿刺吸引細胞診)検査を受けた。その結果,マンモグラフィ検査では,集族した微細石灰化陰影が右乳房の頭側(上側)を中心に広く分布し,さらに外側(腋の下方向)にも広がり,その他,尾側(下側)にも分布していることが判明した。被控訴人乙原は,上記所見につき,マンモグラフィ診断基準におけるカテゴリーW(悪性濃厚)に該当し,強く乳癌が疑われると診断した。また,超音波検査でも,右C領域に低いエコー領域があり,被控訴人乙原は,上記所見につき,超音波診断基準におけるカテゴリーVa(多分良性であるが,悪性の可能性も否定できない)に該当すると診断した(なお,同月9日、細胞診検査の結果は,カテゴリーT〔異常なし〕と判定された。)。

なお,被控訴人健診センターにおける被控訴人乙原の診察室入口には,被控訴人乙原が乳房温存療法に取り組み,学会で発表し,患者にも好評である旨の新聞記事(甲65)のコピーが張られていた。(甲18,65,乙イ15,乙ロ1,.3,4,7,9の1〜5,乙ハ1)

(5)被控訴人乙原は,同月16日,被控訴人健診センターにおいて,控訴人に対し,細胞診検査では癌細胞は発見されなかったため,今後の方針として,3か月ごとの肢重な経過観察を行う方法もあるが,マンモグラフィ検査では,乳痛を強く疑わせる所見が出たため,直ちに切除生検を行って確定診断をする方が望ましいとの説明をし,いずれの方法を選択するか後日連絡するよう求めた。そして,被控訴人乙原は,後日,被控訴人丙山に対し,経過報告をした。(乙ロ1,乙ハ1)

(6)被控訴人乙原は,控訴人が乳癌であると強く疑っていたところ,同年11月5日,前回の受診日から2週間以上経過するのに,控訴人から治療方針についての返答がなかったことから,控訴人に電話をかけ,切除生検を受けるよう勧めた。すると,控訴人は治療方針について決めかねている様子であったため,被控訴人乙原は,翌日被控訴人健診センターで受診するよう伝えた。(乙ハ1)

(7)被控訴人乙原は,同月6日,被控訴人健診センターを訪れた控訴人に対し,経過観察の方法もあるが,広範囲の微細石灰化陰影があること等から約3分の1の確率で乳癌の可能性があることを説明し,切除生検を受けることを勧め,控訴人は,切除生検を受けることを承諾した。そして,被控訴人乙原は,後日,被控訴人丙山に対し,経過報告,をした。(乙ロ1,乙ハ1)

(8)被控訴人乙原は,同月30日,同人の妹の丁川菓子とともに徳島大学病院第2外科を訪れた控訴人に対し,再度,右乳房に微細石灰化陰影が広範囲にあり,悪性であることも否定できないこと,確定診断をする目的でロケーション生検を行うこと,切除生検の方法は,局所麻酔をした上で,マンモグラフィで病変部分を撮影しながら同部分を切除するものであること,局所麻酔や生検による合併症の可能性があることなどの説明をした。そして,控訴人は,手術同意書(乙イ1の21枚目)の患者欄に署名及び指印をして切除生検の手術を受けることに同意し,丁川葉子は,立会人欄に署名及び押印をした。そして,被控訴人乙原は,後日,被控訴人丙山に対し,経過報告をした。(乙イ1,乙ハ1)

(9)被控訴人乙原は,同年12月14日,徳島大学病院第2外科において.控訴人に対し本件生検(摘出生検)を実施し,右乳房の前記石灰化陰影のうち頭側(上側)の病変部分を約5cm切開して切除標本を切り出した。なお,本件生検時のマンモグラフィ揖影では,・乳頭側にも微細石灰化陰影が認められた。本件生検後,被控訴人乙原は,切疲標本のマンモグラフィ撮影を実施し,控訴人に対し,広範囲の微細石灰化陰影がみられることなどを説明した。そして,被控訴人乙原は,乳癌であった場合に癌病巣の広がりを診断して乳房温存療法の可否を検討するため,切除標本を通常よりも多い15枚の切片に分けて,徳島大学病理学教室に痛理組織学的診断を依頼した。なお,同依頼文書の「※担当医」欄には「乙原/丙山」との記載があった。(乙イ1,乙ハ1)

(10) その後,被控訴人乙原は,徳島大学病理学教室の伊井邦雄助教授及び楊医師から,同月25日付で,上記切除標本についての病理組織学的診断の報告書(乙イ1の20枚目)の提出を受けた。その内容は,切除標本15片のうち,12片こ非浸潤性乳管痛が存在し,全乳腺にわたって乳頭腫症及び硬化性腺症がみられ,しかも,3片の一部には,早期浸潤巣の可能性の残る乳管癌の病変が混在しているというものであった。被控訴人医師らは,同月26日,上記報告を受けて,自ら切除標本(プレパラート)を検鏡した結果,切除標本の大部分に非浸潤性乳管癌が広がり,そのうち,早期浸潤の疑いのある部位や悪性度の高い中心壊死を伴う面疱痛が含まれる部位が存在し,これらの癌病巣が切除標本の断端に及んでいた箇所(切除断端癌陽性)もあると認めた。そして,被控訴人医師らは,控訴人の乳癌について乳房温存療法の適応はなく,’乳房切除術によることが適当であるとの意見で一致した。(乙イ1,11,13ないし15,乙ハ1,乙ニ1)

(11)被控訴人乙原は,同月27日,控訴人に電話をかけ,本件生検の結果,乳癌であったことを伝え,夫とともに来てもらいたいとの申入れをした。控訴人は,当日は都合が悪く,翌28日は被控訴人乙原の都合がつかなかったため,控訴人の夫の甲野三郎の勤務が休みである同月29日に被控訴人乙原の勤務する徳島病院を訪れることにした(なお,控訴人は,徳島病院の場所を知らなかった。)。

(12)同月29日,控訴人は,夫の甲野三郎とともに徳島病院を訪れた。被控訴人乙原は,被控訴人丙山が多忙なため,同人に代わって被控訴人乙原が説明をすることを告げた。そして,被控訴人乙原は,控訴人及び甲野三郎に対し,上記病理組織学的報告書及び本件生検による切除標本(プレパラート)を示しながら,上記組織診断は徳島大学の伊井助教授が行ったこと,控訴人の右乳房の病変は,初期の浸潤が疑われる非浸潤性乳管癌であり,癌細胞の悪性度が高く,切除標本のほとんど全てに乳管内痛が広がっており,切除標本の断端が癌陽性となっていること,このまま放置すれば,早期に転移する危険は少ないと思われるものの,遠隔転移を起こす浸潤癌に移行する可能性があること,一般に非浸潤性乳管癌の場合,乳房切除術と乳房温存療法があり,自分は乳房温存療法を積極的に行っているが,控訴人の場合,広範囲の乳管内進展型で,マンモグラフィ上も乳房の中に癌がたくさん残っているので,乳房温存療法は適応外であり,乳房切除術によるべきであること,現時点では転移のない癌であるため,乳房切除術を行えば,その予後は100%良好であること,切除生検から乳房切除までの猶予期間としては,1か月程度は問題ないが,半年経過すると分からないことなどを説明した。

また,被控訴人乙原は,控訴人に説明をする過程で,甲野三郎が外科の病院に勤めている医師であることを知った(もつとも甲野三郎は内科医である。)。被控訴人乙原は,控訴人らに対し,他の専門医の意見も聴きたいのであれば聴いてもらって構わないことを説明したところ,控訴人が,「どこへ行ったらいいでしょうか。」と質問したので,被控訴人乙原は,四国がんセンター及び大阪府立成人病センターの名を挙げた。控訴人は,乳房温存療法を積極的に推進している慶應義塾大学医学部附属病院放射線科講師の近藤誠医師のことを少し聞き知っていたので,被控訴人乙原に対し近藤誠医師のことを質問したのに対し,被控訴人乙原は,「あそこだけはやめておいた方がよい。内部の人の話だけれど,再発が多く,近藤先生にかかれなくなって外科にかかり直している。」などと返答した。また,甲野三郎は,控訴人に対し,「組織診断は伊井助教授の診断だから間違いない。乳房切除にすべきである。」旨の発言をした。被控訴人乙原は,控訴人に対し,夫と十分相談し,年明けに返答してほしいと述べた。(甲18,乙ハ1)

(13) 控訴人は,平成8年1月4日,被控訴人乙原に電話をかけ,乳房切除術を受けること,セかンドオピニオンは聴取しないことを伝えた。そして,控訴人は,同月9日,徳島病院において,術前検査を受けるため,被控訴人乙原の診察を受け,その際,改めて,乳房切除術を受けること,セカンドオピニオンの必要はないことを申し出,被控訴人乙原は,入院予定日(同月17日)・手術予定日(同月23日)を決めた。(乙イ2,乙ハ1)

(14) 同月中旬ころ,被控訴人丙山は,甲野三郎に電話をかけ,控訴人の病状についての説明をしたところ,甲野三郎は,乳房切除術でお願いしたいと述べた。(乙ニ1)

(15)控訴人は,同月17日,乳房切除術を受けるため,徳島病院に入院した。入院時の診断名は,右乳癌(臨床病期0期)であり,合併症として高カルシウム血症があった。(乙イ3,乙ハ1)

(16) 同月18日,被控訴人乙原は,控訴人の高カルシウム血症の原因と考えられる副甲状腺(上皮小体)について,徳島大学病院第2外科の井上医師に相談したところ,同医師から,副甲状腺(上皮小体)ホルモンの検査提出の指示を受け,手術後に同医師による超音波検査を行うことにした。

同日午後4時ころ,控訴人は,被控訴人乙原に対し,夫の甲野三郎とうまくいっていないことを告げ,高校受験を控えた控訴人の子・甲野四郎を自分の方に向かせたいので,同人に自分の病気が重いよう伝えてほしいとの申入れをした。これに対し,被控訴人乙原は,甲野三郎が医師であり,誤解を招くようなことはいえないとして,控訴人の乳癌は非浸潤性乳管癌であり,乳房切除をすれば再発はなく,100%の治癒が得られることを説明し,また,控訴人の副甲状腺(上皮小体)の問題,反対側の右乳房の乳癌発生の危険性については,甲野四郎に説明することができると返答した。(乙イ3,乙ハ1)

(17)被控訴人乙原は,同月23日,本件手術の実施に当たり,控訴人及び甲野四郎に対し,控訴人の病状は非浸潤性乳管癌であり,転移はしないが,広範囲な乳管内進展を伴っているため,治療方法は,乳房切除術の適応となり,同手術において腋窩リンパ節郭晴は必要ないものの,腋窩リンパ節のサンプリングは必要であること,その他,全身麻酔や手術による合併症の可能性があることなどを説明した。控訴人と甲野四郎は,上記説明を受けて,「手術・麻酔・検査承諾書」(乙イ3の13枚目)及び「手術(検査等)および病状説明書」(乙イ3の14枚目)に署名・押印をして乳房切除術の実施を承諾した。(乙イ3,乙ハ1)

(18)同日午後,被控訴人乙原は,自ら執刀医となり,被控訴人丙山を助手として,控訴人に対し本件手術(乳房切除術)を施行し,控訴人の右乳房を切除した。本件手術において,被控訴人乙原は,腋窩を切開して触診したが,転移を疑わせるリンパ節がなかったため,サンプリングは実施しなかった。

なお,本件手術に先立ち,徳島病院は,控訴人に対する手術(乳房切除術)援助のため,(徳島大学)教授である被控訴人丙山を徳島病院に招へいし,被控訴人丙山に諸謝金を支払うことを決めた。(乙イ3,33,乙ハ1,乙ニ1)

(19) 本件手術後,被控訴人乙原は,残存癌の有無を調べるため,手術で切除した乳房から2か所の切除標本すなわち乳頭直下及び乳頭から尾(下)側の切除標本を切り出し,徳島大学医学部病理学教室に病理組織検査を依頼したところ,同検査の結果は,上記2か所の切除標本にそれぞれに小範囲ながら非浸潤性乳管癌がみられるというものやあった。被控訴人乙原は,控訴人に対し,切除した乳房に非浸潤性乳管癌が残存しており,乳房切除術が妥当であったことを説明した。

控訴人は,同月28臥 徳島病院を退院した。(乙イ2,3,13ないし15,乙ハ1)

3 本件手術当時までの乳癌に対する治療方法についての評価,実施状況,適応基準及び控訴人の乳癌に対する各治療方法の適応可能性等について

証拠及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第3の2(1)ないし(5)記載の各事実が認められる(なお,認定に供した証拠は,引用した原判決認定事実の各項末尾に掲記したもの)。

(1)原判決17頁12行目の「占拠部位」を「占居部位」に改め,23行目の次に改行して次のとおり加える。

「そして,上記甲89(乳房温存療法の実際・小山博記〔大阪府立成人病センター病院院長〕1999年2月20日発行)には,『我が国で乳房温存療法が本格的に実施されるようになったのは1990年代に入ってからであり,術後経過の観察期間も5〜10年程度である。腫瘍径3cm(あるいは2cm)を対象とした乳房温存療法の現時点での成績では,乳房内再発は5年再発率に換算して5%程度,乳房内再発を起こしてからの5年生存率は60〜70%で,初回手術を起点とした5年生存率はどの研究でも90〜95%程度の成績を挙げており,対応する乳房切除の成績とかわりがない。』と記載されている。」

(2)同18頁13行目冒頭から20行目末尾までを次のとおり改める。

「カ 本件手術当時は,未だ上記ガイドラインが策定されていなかったため,乳房温存療法を実施していた医療機関では,それぞれ,患者の希望のほか,腫瘤の大きさ,腫瘍の乳頭からの距離,切除標本の断端陽性・陰性,多発性病巣の有無,広範囲の石灰化(乳管内進展)の有触などの項目を考慮して,適応基準を定めていたが,その適応基準は医療機関によって相違があり,また,自らの適応基準からは適応外と思われる症例でも,乳房温存療法を強く希望する患者に対しては,乳房温存療法を実施した場合の危険度を説明した上でこれを実施している医療機関も,少数ながら存在した。(甲10ないし12,14,15,17,34,36,70,77の1)

例えば,適応基準に関して,次のような報告がある。

@ 本件手術の1年後であ◆る平成9年1月から12月までの1年間において,乳房温存療法(乳房扇状部分切除術)について,切除標本の断端が癌細胞陽性の場合でも,39.6パーセントの医療機関が乳房温存療法(乳房扇状部分切除術)を施行する,と回答している。甲77の1・乳がん治療に関する病院&患者アンケート1999年1月15自発行

A『乳頭に近いものは乳管内進展が乳頭下に達するので癌遺残の可能性があるためこれを除外しているのであるが,乳頭の皮膚ぎりぎりまで切除すれば断端を陰性にすることは十分可能であるから,占居部位が乳頭に近いというだけで除外するのは適切でない。』一 甲10・小山博記(大阪府立成人病センター外科)外『乳虜温存療法の適応と実際』)臨外51巻1号1996年1月発行

また,自らの適応基準からは適応外と思われる症例でも,乳房温存療法を強く希望する患者に対しては,乳房温存療法を実施した場合の危険度を説明した上でこれを実施している医療機関らして,次のようなものがある。

B『乳房温存手術の概略を以下に述べる。適応は一応,腫瘍径が2cm以下で,乳頭・腫瘍間距離が3cm以上の症例としている。なお,娘核及び広範な石灰化のある症例は除外している。適応に「一応」と記した理由は本術式が患者と医者との相互理解こ基づく術式であるためである。したがって,適応を満たしていても患者が希重しない場合は本術式が行われないこともあるし,逆に適応外でも本術式を施行した場合の危険度を患者が理解し,そのうえで希望があれば乳房温存療法が施行される。』甲14・名川弘一(東京大学医学部第1外科学教室助教授)外『乳房温存術』手術第49巻第12号1995年発行

C『1991年8月〜1993年12月未までの2年5カ月間に当院において15例の乳房温存療法を施行した。術前診断は視・触診のほかに穿刺繍胞診,マンモグラフイ,超音波検査などを併用した乳癌の局所診断とともに腫瘍の進展範囲や多発腫癒の有無を十分に検討した上で本療法の適応決定を行った。本法の適応基準は表1に示すように原則としては臨床病期T症例で,乳頭を残しても切断端に痛遺残なく切除可能な部位に腫瘍が存在するものとした。しかし,適応外と思われる症例でも乳房温存を強く希望するものに対しては,その本意を十分に説明した上で適応を拡大した。』甲17・小林直哉(国立福山病院外科)外『乳房温存療法の経験』痛の臨床40巻9号1994年8月発行」

(3)同22行目の「以前から」を「以前の平成2年ころから」に改め,25行目の次に改行して次のとおり加える。

「上記甲7(被控訴人丙山の著書である,最新の診断治療から退院後の生活まで 乳がんといわれたら 術前術後の不安にこたえる・昭和63年8月16日第1刷発行)72頁には,『乳ガン告知の問題を考えるとき,術式の選択という問題があります。アメリカの多くの州では法律によって,医師はガンであることを患者さんに告げ,乳ガンのすべての治療法を説明し,そのうえで患者さんに治療法の選択をまかせるように定めています。』との記載があり,同じく乙ニ2(丙山次郎教授の 乳がん 早期発見と最新治療・平成6年3月18日第1刷発行)109頁,112頁には,乳房温存療法には,しこりを含めた乳房を部分的に切除し,あわせて腋窩リンパ節郭晴をし,さらに手術後に残った乳房に放射線を照射する乳腺部分切除術と,もう少し大きめに,しこりを含めた1/4の乳腺を切除し,あわせて腋窩リンパ節郭晴をし,手術後は放射線を照射する場合としない場合がある乳腺1/4切除術の2種類があり,『この2種類のうち,どちらを選ぶかは患者さん本人がメリット,デメリットを考慮したうえで決めればよいわけです(略)』『私どもの病院で行っている乳房温存療法は,原則的には乳腺部分切除で,腋窩リンバ節郭晴,残存乳房照射を基本としています。しかし,局所麻酔で腫瘤(しこり)を含めた部分切除を行い,切除標本の多数切片(5mm間隔で標本作製)による検索でがんの広がりを見きわめたうえで,追加切除,残存乳房照射,乳房切除の適応を患者さんと十分に話し合って決めるようにしています。』との記載がある。」

(4)同19頁2行目の「標本の大部分に」を「標本15片のうち12片に」に改め,13行目の次に改行して次のとおり加える。

「なお,被控訴人丙山の著書・丙山次郎教授の乳がん 早期発見と最新治療には,114頁に,『現在,日本での乳房温存療法は,腫瘤径2.0cm以下の早期乳がんに対して行われ,乳がん全体の約10%に実施されています。一部の施設で行われているような,病期に関係なく温存療法を行うのは,時期尚早であると考えられます。』との記述があるほか,まえがきの4頁に,『本書の執筆にあたってご協力をいただきました徳島大学第2外科の乙原太郎先生(略)に,深謝いたします。』との記述がある。また,被控訴人医師らは,乳房温存療法を実施していた医療機関では,それぞれ,患者の希望のほか,腫瘤の大きさ,腫瘍の乳頭からの距離,切除標本の断端陽性・陰性,多発性病巣の有無,広範囲の石灰化(乳管内進展)の有無などの項目を考慮して,適応基準を定めていたが,その適応基準は医療機関によって相違があり,また,自らの適応基準からは適応外と思われる症例でも,乳房温存療法を強く希望する患者に対しては,乳房温存療法を実施した場合の危険度を説明した上でこれを実施している医療機関も,少数ながら存在することを知っていた。

ウ これに対し,日本病理研究所副所長の並木恒夫医師が作成した平成15年1月6日付鑑定意見書(甲88)には

@ 控訴人の乳癌は,中間悪性度の乳管内癌(非浸潤性乳管痛,DCIS)であり,顕微鏡標本を精査したが,浸潤性増殖はない。『病巣の一部に早期浸潤像が強く疑われる部分がある。』とする被控訴人ら側の主張には反対である。

A 浸潤癌と診断するには,病理組織学的に浸潤性増殖を確認する必要がある。非浸潤癌は浸潤性増殖がないということで,あくまでも除外診断であるから,浸潤がある場合の方が,ない場合よりも診断は容易である。浸潤癌が疑われるが,確実ではない場合の対応については,浸潤癌が100%確実でないので,非浸潤癌(病期分類0期)ということになる。

B 定型的な面疱癌は『強い核異型と広範なコメド型壊死を伴う高悪性度の癌』に限られ,この定義に当てはまる高悪窓性度の面疱癌の所見は含まれていない。

C DCISの悪性度を決定するのは核異型度で,コメド壊死の有無ではない。本例のように核異型度が中等度の場合,コメド壊死があっても中間悪性度に分類する。徳島大学病院病理部の病理診断書には,核異型度及びコメド壊死についての記載がなく,面疱癌については何も述べられていない。外科医である被控訴人医師らが病理医の意見を聴くことなく,高悪性度の面疱癌があると自分らだけで判断したとすると,そのこと自体が問題である。

D 本例の断端を陽性とした被控訴人ら側の診断基準は,『5mm以内に腫瘍細胞があれば断端陽性とする。』という日本乳癌学会学術委員会ガイドライン作成委員会の『乳房温存療法ガイドライン(1999)』の『断端の判定』の記載に準ずるものと思われるが,5mmという距離は大きすぎて国際的に承認されてい.ない。国際的に断端の判定がどうなっているかといえば,腫瘍が断端に露出している場合だけをRl(顕微鏡的遺残腫瘍あり)とし,その他をRO(遺残腫瘍なし)としている。本例の場合,切除部分の断端にごく小範囲のDCISの露出があり,国際分類ではRlとなる。

E 本例のDCISの大きさは3.3cmX2.6cm大であり,断端の露出は200ミクロン(1/5mm)とごく小範囲であるから,残存乳房内にDCISが存在することが示唆されるが,範囲は不明で,小範囲の可能性もある。残存乳房内に広範な乳管内進展が認められるかどうか断定できない。

F 本件の程度であれば,乳房温存療法は可能である。残存乳房内にDCISが遺残することが示唆されるが,範囲は不明であり,『乳房温存療法の適応ではなく,乳房温存手術は選択できなかった。』との被控訴人らの主張には賛成できない。

G 本例では,病理組織診断書の不完全さが目にっく。DCISの場合,病理組織診断書には乳管内癌(DCIS)の診断だけでなく,組織学的悪性度,核異型度,組織構築,コメド型壊死の有無、石灰化の有無,腫瘍の大きさ,切除断端の状態などを記載する必要があるが,徳島大学病院病理部の病理診断書にはこれらの記載が著しく不足している。そのためか,外科医が病理所見を自分流に判断し,『高悪性度の面疱癌であるから乳房温存療法の適応でない。』との説明で単純乳房切除術を行った。外科医が病理組織診断を行うこと自体は法律違反ではないが,本来は望ましいことではない。大変重要な『高悪性度の面疱癌である。』との内容が正式の報告書としてカルテに記載されていない点も問題である。

との記載がある。」

(5)同20頁3行目の「また」を「しかし」に,8行目の「一般的であり」を「一般的であった。ただし」に,10行目の「医療機関は少数であった。」を「医療機関も,少数ながら存在した。」に各改め,11行目の「15,」を削り,同行の次に改行して次のとおり加える。

「例えば,上記甲5(霞富士雄外編・乳房温存療法1994年10月1日発行)は,『筆者は1978年以来乳頭乳輪郭温存の可能性を組織学的,ならびに臨床的に検討してきた。現在まで乳頭温存術を行った症例での乳頭部の局所再発は認めず,また5年生存率,10年生存率も古典的乳房切除術と差がないことから,乳頭乳輪部を温存することはこれまで強調されてきたほど,生命を脅かすものではない。』,乳頭温存乳癌根治術の『現時点での手術適応は肉眼的に乳頭乳輪部が正常であること,すなわち臨床的に乳頭部に癌浸潤所見を認めないことが唯一の条件である。ただし,患者側の同意と術後に永久標本での乳頭下組織の癌没潤の有無の検討が付加条件である。』とし,甲9(尾浦正二〔和歌山県立医科大学附属病院北分院外科〕外『当科における乳癌標準術式としての乳頭温存手術−その短期治療成績について』・臨外50巻10号1995年10月発行)は,『当科では,1978年1月から1994年10月末までに,乳頭ないし乳房温存手術を475例に施行している。』『同期間中に腫瘤〜乳輪間距離が0cmであるにもかかわらず,乳頭温存手術を施行した症例は74例を数えている。』としている。」

(6)同13行目の「乳頭温存手術の上記適応基準を満たしていなかった。」を「被控訴人乙原は,乳頭温存手術の上記適応基準を満たしていないと判断した。」に,22行目の「ない。」を「なく,患者としては乳房切除術と同時に乳房即時再建術を受けなくても,二次(期)的乳房再建術によって乳房を再建することが可能である。」に各改め,同行の次に改行して次のとおり加える。

「上記甲59(山田敦〔東京大学医学部形成外科〕『乳房の再建』手術48巻8号1994年発行)には,『乳房即時再建術は,利点として,@患者が乳房切除後の変形を経験しないため精神的障害が少ない,@大きな手術が1回のみである,B再建する立場では移植床剥離の必要がなく,特に遊離皮弁による再建の場合に問題となる移植床血管の剥離露出が容易であることなどが挙げられ,欠点として,乳癌と診断された直後に再建の説明を行っても,・患者自身で再建について冷静に判断できる状態でないことが多いこと,F再建により局所再発の発見が遅れる可能性があることが挙げられている。他方,二次(期)乳房再建術は,利点として,患者自身が再建についての説明を十分に聞いて理解でき,再建術を受けるか否かを冷静に判断できることが挙げられ,欠点として,乳房即時再建術と比べより高度の技術が必要となることが挙げられている。もっとも,患者の乳房喪失による精神的,肉体的な衝撃を軽減するという点からみた場合,両者で異なるところはない。』旨記載されている。」

4 被控訴人医師らの説明義務違反の有無について

(1)説明義務の内容

医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があると解される。本件で問題となっている乳癌手術についてみれば,疾患が乳癌であること,その進行程度,乳癌の性質,実施予定の手術内容のほか,もし他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などが説明義務の対象となる。その説明義務における説明は,患者が自らの身に行われようとする療法(術式)につき,その利害得失を理解した上で,当該療法(術式)を受けるか否かについて熟慮し,決断することを助けるために行われるものである。そして,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,患者がそのいずれを選択するかにつき,熟慮の上,判断することができるような仕方でそれぞれの療法(術式)の遠い,利害得失を分かりやすく説明することが求められるのは当然である(最高裁平成13年判決参照)。

そこで,以上の見地に立って,被控訴人医師らが控訴人に対し本件生検及び本件手術を実施するに当たり,説明義務を尽くしたといえるか,について以下検討する。

(2)本件生検における説明義務違反の有無

 この点についての問う裁判所の判断は、次のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の4(1)ないし(3)記載のとおりであるから、これを引用する。

 ア 原判決21頁12行目の「前記1(5)、(7)ないし(10)」を「本判決上記2(5)、(10)」に改める。

 イ 同22頁12行目の「記載があること」の次に「(本件全証拠によっても、診療録の上記記載部分が改ざんされたことを窺わせる事情は見当たらない。)」を加え、同行の「前記1(5)、(7)」を「本判決上記2(5)、(7)」に、14行目の「前記1(6)」を「本判決上記2(6)」に各改め、16行目の「原告」から22行目末尾までを次のとおり改める。

 「控訴人から治療方針の選択について返答がなかったからではあるが、証拠(被控訴人乙原本人)によれば、医師(被控訴人乙原)の方から患者(控訴人)に電話をかけること自体異例のことであるというのであり、しかも、被控訴人乙原は、今後の方針として3カ月ごとの厳重な経過観察を行う方法もあることを説明していたのであるから、3週間弱を経過して治療方針の選択について返答がなかったからといって、患者である被控訴人に電話をかけるということは、控訴人に診療方針の選択について熟慮する機会を与えるという観点からみた場合、不適切であったとの批判の余地はあるが、3週間弱という期間が治療方針の選択について熟慮するための期間として短きに過ぎるとまではいえないから、控訴人の熟慮の機会を奪ったとまでいうことはできない。」

(3)本件手術における説明義務違反の有無

 ア 前記2の(12)及び(13)認定の事実によれば、

@被控訴人乙原は、平成7年12月29日、徳島病院において、控訴人及びその夫の甲野三郎に対し、病理組織学的報告書(乙イ1の20枚目)及び本件生検による切除標本(プレパラート)を示しながら、控訴人の右乳房の病変は、初期の浸潤が疑われる非浸潤性乳管癌であり、癌細胞の悪性度が高く、切除標本のほとんど全てに乳管内癌が広がっており、切除標本の断端が癌陽性となっていること、このまま放置すれば、早期に転移する危険性は少ないと思われるものの、遠隔転移を起こす浸潤癌に移行する可能性があること、一般に非浸潤性乳管癌の場合、乳房切除術と乳房温存療法があり、自分は乳房温存療法を積極的に行っているが、控訴人の場合、広範囲の乳管内進展型で、マンモグラフィ上も乳房の中に癌がたくさん残っているので、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきであること、現時点では転移のない癌であるため、乳房切除術を行えば、その予後は100%良好であること、切除生検から乳房切除までの猶予期間としては、1ヶ月程度は問題ないが、半年経過すると分からないこと、他の専門医の意見も聴きたいのであれば聴いてもらってかまわないことを説明したところ、

A控訴人が、「どこへ行ったらいいでしょうか。」と質問したので、被控訴人乙原は、四国がんセンター及び大阪府立成人病センターの名を挙げ,また,控訴人が,乳房温存療法を積極的に推進している慶應義塾大学医学部附属痛院放射線科講師の近藤誠医師のことを被控訴人乙原に質問したのに対し,被控訴人乙原は,「あそこだけはやめておいた方がよい。内部の人の話だけれど,再発が多く,近藤先生にかかれなくなって外科にかかり直している。」などと返答し,更に,控訴人に対し,同人の夫と十分相談し,年明けに返答してほしいと述べた,

B控訴人は,平成8年1月4臥被控訴人乙原に電話をかけ,乳房切除術を受けること,セカンドオピニオンは聴取しないことを伝え,同月9日,徳島病院で術前検査を受けた際も,改めて同様のことを述べた,

というのである。

 また,前記2の(16)及び(17)認定の事実によれば,被控訴人乙原は,控訴人が徳島病院に入院した翌日である同月18日午後4時ころ,控訴人の乳癌は非浸潤性乳管痛であり,乳房切除をすれば再発はなく,100%の治癒が得られることを説明し,本件手術当日の同月23日,控訴人及び控訴人の子の甲野四郎に対し,控訴人の病状は非浸潤性乳管癌であり,転移はしないが,広範囲な乳管内進展を伴っているため,治療方法は乳房切除術の適応となり,同手術において腋窩リンパ節郭晴は必要ないものの,腋窩リンパ節のサンプリングは必要であること,その他,全身麻酔や手術による合併症の可能性があることなどを説明したというのである。

 したがって,被控訴人乙原は,平成7年12月29日から平成8年1月23日までの間,本件第2診療契約に基づき,本件生検の結果等を踏まえ,控訴人の疾患が乳癌であること,乳癌の性質が初期の浸潤癌が疑われる非浸潤性乳管癌であること,乳癌の進行程度について,このまま放置すれば,早期に転移する危険性は少ないと思われるものの,遠隔転移を起こす浸潤癌に移行する可能性があるものであること,本件手術(乳房切除術)の手術内容やその危険性,本件手術の予後についての説明をしたものと認められる。

 控訴人は,被控訴人乙原から,症状について詳細な説明を受けなかった旨供述する。しかし,控訴人は,被控訴人丙山の著書を読んで乳癌についての知識を待た上で自ら進んで徳島県立中央病院から被控訴人丙山のいる徳島大学病院へ転院し,被控訴人乙原から説明を受ける際も, 医師である夫を同行するという慎重な行動をとっていることに照らすと,控訴人が自己の病状や治療方針について詳細な説明を受けることなく,手術を承諾したとは考え難く,被控訴人乙原が診察の際に記載した診療録の内容や手術同意書の記載内容等に照らせば,被控訴人乙原は,控訴人に対して上記のとおりの説明をしたことが認められ,控訴人の上記供述は採用することができない。

イ そこで,被控訴人乙原において,他の選択可能な治療方法として,乳房温存療法について説明すべき義務があったか,あったとすれば,かかる説明義務の違反があったか,について検討する。

(ア)他に選択可能な治療方法が医療水準として未確立の療法であっても、少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)のないよう、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。とりわけ、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変貌による精神面・心理面への著しい影響をももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、乳房切除術を行う場合には、選択可能なほかの療法(術式)として、乳房温存療法について説明すべき要請は、そのような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比べていっそう強まるものといわなければならない(最高裁平成13年判決参照)。

 上記は、他に選択可能な治療方法が医療水準として未確立の療法である場合についてであるが,前記3(引用した原判決「事実及び理由」第3の2(1)ウ)認定の事実によれば、本件手術がされた平成8年における乳房温存療法の実施率は27.5パーセントに達し、同療法は、乳がんを扱っている多くの医療機関で実施され、乳房切除術(非定形乳房切除術、胸筋温存乳房切除術。平成8年における実施率は約60パーセント)に次ぐ標準的な術式として普及していた、というのであるから、乳房温存療法は、本件手術当時には、乳癌に対する治療方法として既に確立された療法であったということができる。もっとも、前記2(10)のとおり、被控訴人医師らは、平成7年12月26日、徳島大学病理学教室の伊井邦雄助教授等による病理組織学的診断の報告を受けて、自ら切除標本(プレパラート)を検鏡した結果、切除標本の大部分に非浸潤性乳管癌が広がり、そのうち、早期浸潤の疑いのある部位や悪性度の高い中心壊死を伴う面疱癌が含まれる部位が存在し、これらの癌病巣が切除標本の段端に及んでいた箇所(切除断端癌陽性)もあると認め、控訴人の乳癌について乳房温存療法の適応はなく、乳房切除術によることが適当であるとの意見で一致したのであり、前記3(補正の上引用した原判決「事実及び理由」第3の2(2)イ)認定の事実によれば、控訴人の乳癌は、多発性病巣及び広範囲の乳管内進展を疑わせる非浸潤性乳管癌であったため、乳房温存療法につき、いわゆる霞班が平成5年に定めた適応基準を満たしておらず、本件手術後の平成11年に日本乳癌学会学術委員会が策定した「乳房温存療法ガイドライン(1999)」の適応基準をも満たしていなかったものであり、同療法を積極的に実施していた被控訴人医師らも、同療法(部分切除)によっては癌が残存乳房に遺残する可能性が高かったため、同療法の適応はないと判断した、というのであるから、並木医師の平成15年1月6日付鑑定意見書(甲88)記載内容(本判決上記3(4))を考慮しても、被控訴人医師らの上記判断自体が不適切であったとはいえず、控訴人の乳癌は、乳房温存療法の適応である可能性は低かったものと認められる。

 しかしながら、前記認定のとおり、被控訴人医師らは、乳房温存療法を積極的に実施していたものであり、平成7年10月5日、控訴人が徳島大学病院第2外科外来で、被控訴人丙山の診察を受けたのは、乳房温存療法に積極的に取り組み、セカンドオピニオンを推奨している被控訴人丙山の著書(乙ニ2)を読んだからであり、控訴人は、受診の際、被控訴人丙山に対し、上記著書を読んで診察を受けに来た旨を告げたこと(前記2の(2)及び(3))、被控訴人乙原は、被控訴人丙山の紹介状を受けて控訴人に対する乳癌の診察、検査を行ったものであるが、被控訴人検診センターにおける被控訴人乙原の診察室入口には、被控訴人乙原が乳房温存療法に取り組み、学会で発表し、患者にも好評である旨の新聞記事(甲65)のコピーが張られていたこと(前記2の(3)及び(4))、本件生検後、被控訴人乙原は、乳癌であった場合に癌病巣の広がりを診断して乳房温存療法の可否を検討するため、徳島大学病理学教室に病理組織学的診断を依頼したこと(前記2(9))、被控訴人乙原が控訴人に対し、本件生検の結果を踏まえた病状の説明を行うに当たり、被控訴人丙山とともに本件生検の結果等を検討した上、乳房温存療法の適応はないとの意見で一致したものであること(前記2(10))、被控訴人乙原は、平成7年12月29日、徳島病院において、控訴人に対し病状の説明を行った際、控訴人から、乳房温存療法を積極的に推進している慶應義塾大学医学部付属病院放射線科講師の近藤誠医師のことにつき質問を受け、「あそこだけは止めておいた方がよい。内部の人の話だけれど、再発が多く、近藤先生にかかれなくなって外科にかかり直している。」などと述べたこと(前記2(12))に照らすと、被控訴人丙山はもとより、被控訴人乙原も、控訴人が乳房温存療法に強い関心を有していることを認識していたものと推認される。

 以上によれば、本件手術当時、乳房温存療法は、乳房切除術と並んで確立した療法であったところ、被控訴人医師らは、控訴人の乳癌については乳房温存療法の適応はないとの意見で一致したものであるが(前示のとおり、この判断自体は不適切であったとはいえない。)、本件手術当時は、未だ前記「乳房温存療法ガイドライン(1999)」が策定されていなかったため、乳房温存療法を実施していた医療機関では、それぞれ、患者の希望のほか、腫瘤の大きさ、腫瘍の乳頭からの距離、切除標本の段端陽性・陰性、多発性病巣の有無、広範囲の石灰化(乳管内進展)の有無などの項目を考慮して、適応基準を定めていたものの、その適応基準は医療機関によって相違があり、また、自らの適応基準からは適応外と思われる症例でも、乳房温存療法を強く希望する患者に対しては、乳房温存療法を実施した場合の危険度を説明した上でこれを実施している医療機関も、少数ながら存在し(前記3(2)〔補正の上引用した原判決「事実及び理由」第3の2(1)カ〕)、被控訴人医師らはこのことを知っていたのであり、しかも、被控訴人医師らは、控訴人が乳房温存療法について強い関心を有していることを認識していたのであるから、前示の、手術により乳房を失わせることが、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変貌による精神面・心理面への著しい影響をももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるという乳癌手術の特殊性、そのことによる乳房切除術を行う場合における、選択可能な他の療法(術式)としての乳房温存療法について説明すべき要請の強さに鑑みると、被控訴人医師らは、控訴人の乳癌について、自らは乳房温存療法の適応がないと判断したのであれば、乳房切除術及び乳房温存療法のそれぞれの利害得失を理解した上でいずれを選択するかを熟慮し、決断することを助けるため、控訴人に対し、被控訴人医師らの定めている乳癌温存療法の適応基準を示した上、控訴人の場合はどの基準を満たさないために乳房温存療法の適応がないと判断したのか、という詳細な理由を説明することはもちろん、再発の危険性についても説明した上で、被控訴人医師らからみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があったというべきである。

 (イ)しかるに、前記2(12)認定の事実によれば、被控訴人乙原は、控訴人に対し、控訴人の乳癌の場合、広範囲の乳管内進展型で、マンモグラフィ上も乳房の中に癌がたくさん残っているので、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきであることを説明したにとどまり、乳房温存療法が適応外であることについての上記(ア)説示のような詳細な理由を説明したとは認められない。

 また、被控訴人乙原は、控訴人に対し、他の専門医の意見も聴きたいのであれば聴いてもらって構わないことを説明し、控訴人が、「どこへ行ったらいいでしょうか。」と質問したのに対し、四国がんセンター及び大阪府立成人病センターの名を挙げたのであるが、これは、乳房温存療法は適応外であり、乳房切除術によるべきこととした判断についてセカンドオピニオンをうけることのできる具体的な医療機関を教示したにとどまるから、この事実をもって、被控訴人乙原が、被控訴人乙原からみれば適応外の症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示したと認めることはできない。

 (ウ)したがって,被控訴人乙原が控訴人に対してした説明は,控訴人の乳癌につき乳房温存療法の適応がないと判断した理由についての詳細な説明を欠き,また,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳房温存療法を実施している医療機関を教示しなかった点において,不十分であったといわざるを得ず,説明義務違反があるというべきである。そして,前記2(12)認定の事実によれば,被控訴人乙原が控訴人に対してした説明は,本来,被控訴人丙山が説明をすべきところを被控訴人乙原が被控訴人丙山に代わって行ったものであることが認められ,被控訴人丙山は,控訴人に対する治療方針や治療方法等の説明内容や説明方法を被控訴人乙原に一任したものというべきであるから,被控訴人丙山は,同乙原とともに控訴人に対し説明をしたものと評価でき,被控訴人乙原と同様,説明義務違反があるというべきである。

 (エ)被控訴人らは,乳房温存療法等他の治療方法については,控訴人の病状に照らして選択可能な治療法とはいえなかったこと,控訴人自身乳房温存療法等については被控訴人丙山の著書等を読んで相当の知識を有しており,また,医師である控訴人の夫から相当の医学的情報を知りうる立場にあったが,被控訴人医師らに対しては乳房温存療法等について強い関心を示していなかったことなどの事情を考慮すれば,被控訴人医師らが控訴人に対して乳房温存療法等他の治療方法について説明する義務はない旨主張する。

 確かに,控訴人の病状に照らし,乳房温存療法の適応可能性が低かったことは,上記(ア)説示のとおりである。しかしながら,被控訴人医師らが,控訴人が乳房温存療法について強い関心を有していることを認識していたものと推認されることは,同じく上記(ア)説示のとおりである。したがって,前示のとおり,被控訴人医師らは,控訴人に射し,乳房温存療法の適応がないと判断した理由について詳細な説明をすることはもちろんのこと,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を教示すべき義務があったというべきである。そして,このことは,控訴人自身,乳房温存療法について被控訴人丙山の著書を読んで相当の知識を有し,また,医師である控訴人の夫から相当の医学的情報を知りうる立場にあったとしても,被控訴人医師らは,後記エ(ア)のとおり乳癌治療の専門家として,患者である控訴人と比べ,圧倒的に高度の専門的知見を有している以上,被控訴人医師らの上記説明義務を免れさせるものではないというべきである。

 したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。なお,控訴人は,平成8年1月4日,9日の2回にわたり,被控訴人乙原に対し,乳房切除術を受けること,セカンドオピニオンの必要はないことを伝え,同月23日の本件手術に当たっても,乳房切除術の実施を書面をもって承諾した事実はあるが,控訴人のその判断自体,被控訴人乙原による不十分な説明に基づくものであるから,上記事実があるからといって被控訴人医師らが責任を免れることにはならない。

 ウ 次に,被控訴人乙原において,他の選択可能な治療方法として,放射線療法又は経過観察について説明すべき義務があったか,あったとすれば,かかる説明義務違反があったか,について検討するに,この点についての当裁判所の判断は,原判決「事実及び理由」第3の5(5)記載のとおりであるから,これを引用する。

 エ 次に,被控訴人乙原において,他の選択可能な治療方法として,乳頭温存手術について説明すべき義務があったか,あったとすれば,かかる義務違反があったか,について検討する。

 (ア)被控訴人丙山が,平成2年4月以降,徳島大学医療技術短期大学部教授の職にあり(前記第2の1〔事案の概要〕(1)のア(エ)),また,日本乳癌学会の理事を務めたことがあるほか,乳癌に関する著書(甲7,乙ニ2)を著し,乳房温存療法に積極的に取り組むなど(前記2(2)),日本における乳癌医療の専門家であるということができ,被控訴人乙原は,被控訴人丙山とともに乳癌医療に携わり(甲65),論文を発表し(甲50,84。なお,被控訴人乙原は,被控訴人丙山の著書〔乙ニ2〕の執筆に協力している。),自らも乳房温存療法に積極的に取り組み,学会で発表するなど,被控訴人丙山と同じく乳癌医療の専門家であるということができる。そして,前記3(補正の上引用した原判決「事実及び理由」第3の2(4)ア)認定の事実によれば,乳頭温存手術は,本件手術当時,乳房温存療法に比べその実施率は低く,同手術を積極的に実施している医療機関はさほど多くなかったこと,しかし,同手術を実施していた医療機関では,同手術は乳房切除術よりも美容面に優れ,かつ乳房切除術と同様の根治性を得ることができるものとして積極的に評価され,主に微細石灰化が広範囲に広がる非浸潤癌など乳房温存療法の適応外の症例に対して行われていたことが認められ,被控訴人医師らは,乳癌医療の専門家として,乳頭温存手術のことを当然に知っていたものと認められる(被控訴人乙原本人。)そして,被控訴人医師らは,控訴人が乳房温存療法について強い関心を有していることを認識していたものと推認されることは前示のとおりであり,控訴人は,乳頭を含む乳房を残すことに強い関心を有していたものと認められる。

 (イ)もっとも,同じく前記3(同2(4)ア)認定のとおり,乳頭温存手術は,乳頭直下に痛病巣があるため乳頭温存によって痛遺残の可能性のある症例については適応外とするのが一般的であったことが認められる。

 しかしながら,一般的には乳頭温存療法の適応外とされる上記のような症例でも,乳頭部に癌浸潤所見が認められない限り適応しうるという見解に立って乳頭温存手術を実施している医療機関も少数ながら存在し,被控訴人乙原峠,控訴人が乳頭を含む乳房の温存について強い関心を有していることを知っていたものと認められるから,上記イと同様,被控訴人乙原が控訴人の乳癌につき乳頭温存手術の適応がないと判断した以上,控訴人に対し,その判断について詳細な理由を説明することはもちろんのこと,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳頭温存手術を実施している医療機関の名称及び所在を教示すべき義務があったというべきである。

 そして,前記3(同2(4)イ)のとおり,控訴人の乳癌は,乳頭直下に癌病巣が存在していたため,被控訴人乙原は,控訴人に射し,乳頭温存手術については説明していないことが認められる。また,被控訴人乙原は,控訴人に対し,上記イ(イ)説示のとおり,乳房温存療法は適応外であり,乳房切除術によるべきこととした判断についてセカンドオピニオンを受けることのできる具体的な医療機関を教示したことが認められるものの,この事実をもって,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳頭温存手術を実施している医療機関の名称及び所在を教示したと認めることはできない。

(ウ)そうすると,被控訴人乙原が控訴人に対してした説明は,乳頭温存手術の適応がないと判断レたことやその詳細な理由を説明せず,被控訴人医師らからみれば適応外とされる症例でも乳頭温存手術を実施している医療機関を教示しなかったという点において,不十分であったとの注意違反があるというべきである。そして,被控訴人乙原が控訴人に対してした上記説明は,本来,被控訴人丙山が説明をすべきところを被控訴人乙原が被控訴人丙山に代わって行ったものであり,被控訴人丙山は,控訴人に対する冶療方針や治療方法専の説明内容や説明方法を被控訴人乙原に一任したものというべきであるから,被控訴人丙山は,同乙原とともに控訴人に説明したものと評価でき,被控訴人乙原と同様,説明義務違反があるというべきである。

 (4)乳房即時再建術の説明義務違反の有無

前記3認定の事実(補正の上引用した原判決「事実及び理由」第3の2(5))によれば,乳房再建術は,乳房切除術後,乳房を再建する手術であり,乳癌に対する本来的治療方法ではなく,通常は,形成外科医において行われるものであること,乳房再建術には,乳房即時再建術と二次(期)的乳房再建術があり,それぞれ利点と欠点が指摘されていること,両者は,乳房を再建することにより患者の乳房喪失による精神的,肉体的な衝撃を軽減するという点では異なるところはなく,患者としては乳房切除術と同時に乳房即時再建術を受けなくても,二次(期)的乳房再建術によって乳房を再建することが可能であること,控訴人は,本件手術を受けるに当たり,乳房再建術という療法の存在を知っていたが,被控訴人乙原に射し同手術を希望することを伝えていなかったこと,被控訴人乙原も,本件手術に当たり,控訴人が乳房再建術を強く希望していることを知らなかったため,控訴人に射し乳房即時再建術の説明をしなかったが,本件手術後,控訴人が乳房切除により精神的に衝撃を受けている様子をみて,控訴人に対し,二次(期)的乳房再建術を勧め,同手術を積極的に行っている聖マリアンナ大学形成外科の酒井成身医師を紹介したことが認められる。

したがって,被控訴人乙原が,本件手術を実施するに当たり,控訴人に対し乳房即時再建術の説明をしなかったからといって,同人に説明義務違反があるということはできない。

 (5)セカンドオピニオンの碓保義務違反の有無

次に,被控訴人乙原において,セカンドオピニオンの説明義務違反があったか否かについて検討するに,上記(3)ア説示のとおり,被控訴人乙原は,平成7年12月29日に徳島病院で控訴人に病状の説明を行った際,セカンドオピニオンを受けることができることの説明をし,その医療機関として,四国がんセンター及び大阪府立成人病センターの名を挙げて医療機関名を教示したことが認められるから,被控訴人乙原にセカンドオピニオンの、説明義務違反があるということはできない。

 (6)当審における控訴人の補充主張に対する判断

 ア 控訴人は,被控訴人医師ちが控訴人に対してした説明は,内容自体が不十分であり,説明の仕方も控訴人において熟慮,判断できるようなものではなく,加えて,被控訴人医師らは,控訴人が熟慮,判断する時間的余裕を容易に確保することができたにもかかわらず,これを確保しなかったのであるから,被控訴人医師らの説明義務違反は明らかであり,特に,控訴人は,被控訴人医師らに対し,早い時期から診療情報の提供を求めていたにもかかわらず,被控訴人医師らはこれに応じなかったものであるから,被控訴人医師らの説明義務違反は,一層顕著である旨主張する(前記第2の6(1)のア)。

 イ 前記2(12)認定のとおり,被控訴人乙原は,平成7年12月29日,徳島病院において,控訴人に対し病状の説明等を行った後,控訴人の夫と十分相談し,年明けに返答してほしいと述べたことが認められるところ,被控訴人乙原は,控訴人の乳癌について,このまま放置すれば,早期に転移する危険は少ないと思われるものの,遠隔転移を起こす浸潤癌に移行する可能性があること,現時点では転移のない癌であるため,乳房切除術を行えば,その予後は100%良好であること,切除生検から乳房切除までの猶予期間としては,1か月程度は問題ないが,半年経過すると分からないことなどを説明したことが認められ,被控訴人乙原が返答の期限と設定した年明けとは,平成8年の正月三が日明けのころを指すものと解されるので,被控訴人乙原が控訴人に説明した平成7年12月29日から計算すると,年末年始を挟んでわずか数日しかないから,被控訴人乙原の上記説明は,控訴人に対する熟慮選択機会の確保の観点からみた場合,いささか不適切であったといわざるを得ない。しかしながら,本件生検が行われたのは平成7年12月14日であり,その1か月先は平成8年1月14日であることからすると,被控訴人乙原が返答の期限を年明けと設定したことが,控訴人の熟慮選択機会を奪うものであったとまでは認められず,被控訴人乙原の上記説明内容が,熟慮選択機会を奪う内容であったとも認められない(被控訴人乙原が「血流に飛んだ。」と言ったとの事実は認められない。)。 したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

 

(7)当審における被控訴人徳島大学ら4名の補充主張に対する判断

 ア 被控訴人徳島大学ら4名は,控訴人の非浸潤性乳管癌に対して実施した乳房切除術は既に我が国の医療水準として確立された療法であったが,乳房温存術ないし乳頭温存術は,当時の世界的な医療水準からも我が国の医療水準からも控訴人に対して選択可能な治療方法ではなかったのであり,また,控訴人は,本件の診療中を通じて,被控訴人医師らに対し,乳房温存療法の適応の有無,実施可能性について質問したことはなかったため,被控訴人医師らも,本件手術後まで控訴人が乳房温存療法について強い関心を持っていることを知らなかったのであり,したがって,最高裁平成13年判決に照らしても,本件において,被控訴人医師らに乳房温存術ないし乳頭温存術について積極的に説明する義務はなかった旨主張する。

 しかしながら,本件手術当時,乳房温存療法が乳癌に対する治療方法として既に確立された療法であったことは,前記(3)イ(ア)説示のとおりであり,被控訴人医師らは,控訴人が乳房温存療法について強い関心を有していることを認識していたものと推認されることは,同じく前記(3)イ(ア)説示のとおりである。
 したがって,被控訴人徳島大学ら4名の上記主張は採用することができない。

 イ 被控訴人徳島大学ら4名は,原判決は,被控訴人医師らの診断は適切であり,控訴人の乳痛は乳房温存療法の適応である可能性が低かったものと認められる旨判示するが,被控訴人医師らは,控訴人の乳癌については乳房温存療法の適応はないと診断したものであって,同療法の適応可能性が低かったと診断したものではないし,客観的にも控訴人について同療法の適応はなかったのであるから,この限りにおいて原判決の上記判示は相当ではない旨主張する。

 乳房温存療法を積極的に実施している被控訴人医師らが,同療法による部分切除では痛が残存乳房に遺残する可能性が高かったため,同療法の適応がないと判断したこと及びそのこと自体が不適切であると認められないことは前示のとおりであるが,前記のとおり,本件手術当時は,未だ前記「乳房温存療法ガイドライン(1999)」が策定されていなかったため,乳房温存療法を実施していた医療機関では,それぞれ,患者の希望のほか,腫瘤の大きさ,腫瘍の乳頭からの距離,切除標本の断端陽性・陰性,多発性病巣の有無,広範囲の石灰化(乳管内進展)の有無などの項目を考慮して,適応基準を定めていたものの,.その適応基準は医療機関によって相違があり,また,自らの適応基準からは適応外と思われる症例でも,乳房温存療法を強く希望する患者に対しては,乳房温存療法を実施した場合の危険度を説明した上でこれを実施している医療機関も,少数ながら存在した,というのであるから,控訴人の乳癌は乳房温存療法の適応である可能性が低かったというにとどまり,適応がなかったとまでいうことはできない。

 したがって,被控訴人徳島大学ら4名の上記主張は採用することができない。

5 被控訴人らの責任について

 

(1)被控訴人医師ら

上記4(3)のイ及びエ説示のとおり,被控訴人医師らには説明義務違反があるというべきところ,控訴人との関係では,かかる説明義務違反により,控訴人が乳癌治療の方法を自ら選択し,決定するという自己決定権を違法に侵害したものというべきであるから,不法行為法上の注意義務違反があったと評価すべきものである。そして,被控訴人医師らは,共同で控訴人の乳癌についての診断,治療等を行っていたものと評価できるから,民法719条(共同不法行為責任)に基づき,控訴人の被った損害を連帯して賠償すべき義務を負うというべきである。

 (2)被控訴人徳島大学及び同国立病院機構

ア 前記2認定の事実によれば,被控訴人乙原は,控訴人と1審被告国との間で締結された本件第2診療契約に基づき,1審被告国の履行補助者として,平成7年12月29日以降,控訴人の乳癌について適切な診断及びこれに基づく治療を行っていたものと認められ,被控訴人乙原の負う説明義務は,本件第2診療契約に基づくものである。したがって,1審被告国は,控訴人に対し,被控訴人乙原の前記4(3)のイ及びエの各説明義務違反につき,本件第2診療契約上の債務不履行責任を負うというべきである。

 また,前記2認定の事実によれば,被控訴人丙山は,控訴人と1審被告との間で締結された本件第1診療契約に基づき,1審被告国の履行補助者として,平成7年10月5日以降,控訴人の乳癌について適切な診断及びこれに基づく治療を行うべき地位にあったといえるところ,その後,被控訴人丙山は,被控訴人乙原が被控訴人健診センターで行ったマンモグラフイ検査や細胞診,徳島大学病院で行った本件生検の結果等について報告を受け,被控訴人乙原とともに控訴人の乳癌につき治療方針の検討をし,乳房温存療法の適応はなく,乳房切除術によることが適当であるとの意見で一致したこと,そして,被控訴人乙原が被控訴人丙山に代わって控訴人に対し病状の説明を行ったこと,被控訴人丙山は,その後も被控訴人乙原から経過報告を受けていたばかりでなく,平成8年1月中旬ころには,自ら控訴人の夫の甲野三郎に電話をかけ,控訴人の病状についての説明をし,同月23日に徳島病院で行われた本件手術についても,手術援助のため徳島病院から招へいされ,諸謝金の支払を受けて,(徳島大学)教授の立場で,本件手術を執刀する被控訴人乙原の助手として本件手術に関わっていることが認められるのであり,これらの事実によれば,被控訴人丙山は,本件第1診療契約締結から本件手術実施までの間,徳島大学病院第2外科の非常勤医師であり,徳島大学教授として,本件第1診療契約に基づき,被控訴人乙原と共同で控訴人の乳癌治療に当たっていたものというべきであり,被控訴人丙山の負う説明義務は,本件第1診療契約に基づくものであると認めるのが相当である。したがって,1審被告国は,控訴人に対し,被控訴人丙山の前記4(3)のイ及びエの各説明義務違反につき,本件第1診療契約上の債務不履行責任を負うというべきである。

 イ ところで,平成16年4月1日,国立大学法人法に基づき被控訴人徳島大学が成立するとともに,その成立の際,現に国が有する権利及び義務のうち,被控訴人徳島大学が行う業務に関するものは,成立の「時において被控訴人徳島大学が承継し,また,同日,独立行政法入国立病院機構法に基づき被控訴入国立病院機構が成立するとともに,その成立の際,現に国が有する権利及び義務のうち,国立病院及び国立療養所の所要事務に関するもの(国立ハンセン病療養所に係るもの等を除く。)は,成立の時において被控訴入国立病院機構が承継したことは,、上記第2の1(事案の概要)(1)のア(イ)のとおりである。そして,平成16年4月1日当時,1審被告国の有した権利義務のうち,本件第1診療契約に基づく権利義務が被控訴人徳島大学の行う業務に関するものであり,本件第2診療契約に基づく権利義務が国立療養所の所掌事務に関するものであることは明らかである。

 したがって,1審被告国が控訴人に対して負っていた本件第1診療契約上の債務不履行責任は,被控訴人徳島大学の成立とともに同被控訴人に承継され,同じく本件第2診療契約上の債務不履行責任は,被控訴人国立病院機構の成立とともに同被控訴人に承継されたというべきである。

 ウ 控訴人は,1審被告国との間で,平成7年10月5日,本件第1診療契約を締結し,同年12月29日,本件第2診療契約を締結し,被控訴人医師らの診療行為を受けたが,同人らの説明義務違反の債務不履行により精神的苦痛を受けたから,1審被告国は,控訴人に対し本件第1診療契約及び本件第2診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償義務を負ったところ,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構が成立した平成16年4月1日当時,1審被告国が控訴人に対して負担していた上記損害賠償義務は既に不可分一体のものであり,国立大学法人法附則9粂1項にいう「国立大学法人等が行う(中略)業務に関するもの」であると同時に,独立行政法入国立病院機構法附則5条1項にいう「国立病院及び国立療養所の所掌事務に関するもの」であったというべきであり,このように国立大学法人及び被控訴入国立病院機構が成立した時点で既に発生していた義務であり,かつその義務の内容が不可分一体となっていたような場合には,国立大学法人及び同国立病院機構が成立したことによって,従前の義務内容を限定する法的根拠はないのであって,国立大学法人及び同国立病院機構はその一体化している義務をそのまま承継すると解すべきであるから,被控訴人徳烏大学及び同国立病院機構は,1審被告国の負っていた上記損害賠償義務をいずれも包括的に承継し,同被控訴人らの損害賠償義務は不真正連帯の関係に立つというべきである旨主張する(当審における控訴人の追加主張の主位的主張〔前記第2の7(1)ア〕)。

 控訴人の上記主張のうち,1審被告国が控訴人に対して負担していた本件第1診療契約及び本件第2診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償義務が既に不可分一体のものであったとの点は趣旨が不明確であるが,その点はともかく,1審被告国が本件第1診療契約上の債務不履行責任を負うのは,被控訴人丙山の説明義務違反を理由とするものであり,被控訴人乙原は,本件第1診療契約に基づく説呪義務を負っていたものではなく,1審被告国が本件第2診療契約上の債務不履行責任を負うのは,被控訴人乙原の説明義務違反を理由とするものであり,被控訴人丙山は,本件第2診療契約に基づく説明義務を負っていたものではないから,控訴人の上記主張は,その前提を欠くといわざるを得ず,採用することができない。

 エ 被控訴人徳島大学及び同国立病院機構は,当該診療行為が,国立大学法人の行う業務であるのか,旧国立病院の所掌事務であるのかを判断するに当たっては,当該診療行為がどこで行われたかという点が重安であり,当該診療行為の行われた病院を管理・運営しない者の診療行為であると認められるのは,診療場所を借りたに過ぎないことが明らかであるような場合(診療行為を行った医師が当該嘩院の医師としての資格を有しない場合等はこれに該当するというべきである。)に限られると解すべきであり,平成8年1月23日,被控訴人丙山は,徳島病院からの診療支援を目的とした招へいに基づき,徳島病院の医師として医療行為を行ったものであるから,徳島病院において被控訴人丙山が行った診療行為は,徳島病院の所掌事務というべきであって,被控訴人徳島大学が徳島病院における診療行為に関する権利義務を承継しないことは明らかであり,また,被控訴入国立病院機構が徳島大学病院で行われた診療行為に関する権利義務を承継することはあり得ない旨主張する(当審における被控訴人徳島大学及び同国立痛院機構の追加主張〔前記第2の7(2)イ〕)。

 しかしながら,当該診療行為が国立大学法人の行う業務であるのか,旧国立病院の所掌事務であるのかを判断するに当たり,当該診療行為の行われた場所が判断の重要な要素になるということはできるものの,当該診療行為の行われた場所のみを基準に上記判断を行うのは相当でなく,当該医師が,同人を雇用する病院以外の場所で診療行為を行った場合でも,当該診療行為が当該医師を雇用する病院の医師の資格でなされたものと認められる場合には,当該医師を雇用する病院の業務(国立大学法人の場合)又は所掌事務(被控訴入国立病院機構の場合).としてなされたものと認めるのが相当である。前記のとおり,被控訴人丙山は,本件手術に至って初めて徳島病院に招へいされたというわけではなく,徳島大学病院において被控訴人丙山を通じて控訴人と1.審被告国との間で締結された本件第1診療契約に基づき,1審被告国の厚行補助者として,平成7年10月5日以降,控訴人の乳癌について適切な診断及びこれに基づく治療を行うべき地位にあったといえるところ,その後,被控訴人丙山は,被控訴人乙原が被控訴人健診センターで行ったマンモグラフィ検査や細胞診,徳島大学病院で行った本件生検の結果等について報告を受け,被控訴人乙原とともに控訴人の乳癌につき治療方針の検討をし,乳房温存療法の適応はなく,乳房切除術によることが過当であるとの意見で一致したこと,そして,被控訴人乙原が被控訴人丙山に代わって控訴人に対し病状の説明を行ったこと,被控訴人丙山は,その後も被控訴人乙原から経過報告を受けていたばかりでなく,平成8年1月中旬ころには,自ら控訴人の夫の甲野三郎に電話をかけ,控訴人の病状の説明をし,同月23日に徳島病院で行われた本件手術についても,手術援助のため徳島病院から招へいの要請を受け,諸謝金の支払を受けて,徳島大学教授の立場で,本件手術を執刀する被控訴人乙原の助手として本件手術に関わっていることが認められるのであり,これらの事実によれば,被控訴人丙山は,徳島大学病院第2外科の非常勤医師であり,徳島大学教授として,本件第1診療契約に基づき,被控訴人乙原と共同で控訴人の乳癌治療に当たっていたものというべきであり,被控訴人丙山を雇用する徳島大学病院の業務としてなされたものであると認められる(なお,徳島痛院における控訴人の入院診療録〔乙イ3〕には,徳島大学病院麻酔科の用紙による麻酔記録〔同8枚目〕,及び徳島大学第2外科入院カルテ用紙による「乳腺手術記録(徳大第2外科)」と題する書面〔同20ないし22枚目〕が編綴されている。)。

 したがって,被控訴人徳島大学は,徳島病院において被控訴人丙山が行った診療行為に関する権利義務を承継したというべきであって,これに反する被控訴人徳島大学及び同国立病院機構の上記主張は採用することができない 。

 

(3)被控訴人健診センター

 上記(2)アで説示したとおり,被控訴人乙原の負う説明義務は,本件第2診療契約に基づくものであるところ,被控訴人健診センターは,疾病の予防,健康の保持及び増進を図るために必要な事業を行い,徳島県民の健康と福祉の向上に寄与することを目的とする財団法人であり,肩書地において,疾病の予防に関する健診及び診療等の事業を行っていること(前記第2の1〔事案の概要〕(1)のア(ウ)),前記2認定の事実によれば,控訴人が被控訴人健診センターにおいて被控訴人乙原の診察及び検査を受けたのは,平成7年10月6日(前記2(4)),同月16日(同(5))及び同年11月6日(同(7))の計3回に過ぎず,しかも,控訴人が被控訴人健診センターを受診したのは,被控訴人丙山の指示によるものであること(同(3))に照らすと,被控訴人乙原が被控訴人健診センターにおいて控訴人に射し行った診察及び検査は,控訴人と1審被告国との問で締結された本件第1診療契約に基づく被控訴人丙山の診療行為の一環あるいは補助として,あくまで検査目的で行われたものにすぎないというべきであるから,被控訴人乙原が,控訴人に射し本件第3診療契約に基づき説明義務を負うと解することはできず,被控訴人健診センターは,本件第3診療契約上の債務不履行責任を負わないというべきである。

6 控訴人の損害額

 (1)控訴人は,被控訴人医師らの前記4(3)のイ及びエの各説明義務違反により,乳癌治療の方針決定という自己決定権を侵害され,精神的背痛を受けたものと認められるところ,控訴人は,本件手術により右乳房を喪失したこと,被控訴人医師らの説明義務違反は,控訴人の徳島大学病院及び徳島病院に対する信頼を裏切るものであると評価できること,他方,本件手術自体は,控訴人の生命に対する危険を回避するために行われたものであることを総合考慮すると,被控訴人徳島大学の本件第1診療契約上の債務不履行,被控訴入国立病院機構の本件第2診療契約上の債務不履行、被控訴人医師らの共同不法行為により控訴人の被った上記精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は200万円と認めるのが相当である。

 (2)控訴人が本件訴訟の提起及び追行を控訴人訴訟代理人に委任したことは明らかであり,本件事案の性質,上記認容額その他諸般の事情を考慮すると,被控訴人医師らの説明義務違反(不法行為)と相当因果関係のある弁護士費用の損害は,40万円と認めるのが相当である。

 また,控訴人は,被控訴人徳島大学及び同国立病院機構に対し,本件第1診療契約及び本件第2診療契約上の債務不履行に基づき,弁護士費用100万円の損害の賠償を求めているところ,仮に,本件において,控訴人が被控訴人徳早大学及び同国立病院機構に対し,民法715条1項(使用者責任)に基づき,慰謝料とともに弁護士費府の損害.の賠償を求めていたとすれば,被控訴人医師らに対する場合と同様,弁護士費用の損害の賠償が認められていたであろうことを考慮すると,被控訴人徳島大学の本件第1診療契約上の債務不履行及び同国立病院機構の本件第2診療契約上の債務不履行と,控訴人が被った弁護士費用の損害との間に相当因果関係があると認めるのが相当であり,その損害額は40万円と認めるのが相当である(なお,被控訴人徳島大学ら4名の各損害賠償債務は,同被控訴人らのいずれかが240万円〔及び遅延損害金〕を支払えば満足して消滅するのであるから,その意味で不実正連帯の関係に立つと解される。)。

7 まとめ

 以上によれば,控訴人の請求のうち,被控訴人徳島大学ら4名,すなわち被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山に対する請求は,240万円及びこれに対する被控訴人徳島大学及び同国立病院機構は平成11年1月19日から,被控訴人医師らは同月16日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の連帯支払を求める限度で認容し,その余を棄却し,被控訴人健診センターに対する請求は棄却すべきものである。

第4 結語

 よって,原判決中,被控訴人徳島大学,同国立病院機構,同乙原及び同丙山に対する控訴人の請求を棄却した部分を上記判断に従って変更し,控訴人の被控訴人健診センターに対する控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する(なお,仮執行の宣言については,事案に鑑み,不必要と認め,これを付さないこととする。)。

(裁判長裁判官・水野 武,裁判官・熱田康明,裁判官・島同大雄)